遠く シルルの海に
浮かぶ塩基の記憶
読み解いても
きみに掛ける鎖は見つからない
A to T
C to G
手に手を取って回り出す
迷走神経A-10に 流れるシグナルで
シュヴァルツシルトの境界を越えるよ
オールトの雲から 手を伸ばしたきみは
三半規管で夢を見る
(Sci-Fi Rockets go fly-by the moon)
この 心臓が止まっても
宇宙は動き続ける
そう言うけど
ぼくはきみの拍動 感じたいよ
生と死
無と有
おなじで ちがう それが真理
きみは
カンブリアなぼくと よく似たはぐれ星
エーテルの風に吹かれて消えるよ
テロメアの示した 刻限より先へ
前人未到の旅に出よう
(曖昧予見でswing-by)
メタンの海に降る 冷たいさよならが
カルシウムイオンの波に飲まれてく
可視光じゃ描けない 寂しさスペクトル
真円軌道でつかまえて
(つかまえて)
前頭葉の奥底に 沈んだパラドクス
ガンマ・レイの残り火で 解かしてしまえ
対消滅の定めから 逃げ出す時は今
体内時計に鍵をかけ
背景放射の彼方まで
【単語解説】
・イカルス…アポロ群に属する地球近傍小惑星の一つ。近日点では水星よりも太陽に近づく事が命名の由来
・ヘリックス…螺旋。DNAは二重螺旋、RNAは一重螺旋構造
・シルル紀…古生代、約4億4370万年前~約4億1600万年前
・塩基…DNA、RNAなどの核酸における塩基配列。アデニン(A)-チミン(T)、グアニン(G)-シトシン(C)が各々対となる。ヒトDNAの塩基配列を読み解くプロジェクトがヒトゲノム計画
・迷走神経…12対ある脳神経のうち唯一腹部にまで到達する重要な神経
・A10神経系…欲求と快に関与する報酬系神経系。その昔、NHKスペシャル「脳と心」ではA列車ならぬA-10列車が脳内を旅した
・シュヴァルツシルト面…事象の地平面ともいい、ブラックホールから脱出できなくなる境界線
・オールトの雲…太陽系を球殻状に取り巻いており彗星の発生源であると考えられる天体群
・三半規管…内耳にある平衡・回転を知覚する器官
・fly-by(フライバイ)、swing-by(スイングバイ)…天体の万有引力を利用して宇宙機の運動方向を変更する技術
・カンブリア紀…古生代前期、約5億4200万年前~約4億8830万年前。進化の大爆発と呼ばれる生物の多様化が起こり、アノマロカリスやオパビニア等奇異な生物が多種出現したが、その後の時代に種を残せなかった生物も多い
・はぐれ星…青色はぐれ星(通常の星団中に見られるようなヘルツシュプルング・ラッセル図の折れ曲がりの位置にある恒星から離れたところにある、より明るく青い恒星)
・エーテルの風…主に19世紀まで、地球は光を伝える「媒質」であるエーテルの中を運動している為、地上にはエーテルの風が吹いて光の進行速度を変えると考えられていた
・テロメア…真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目を持ち、この部分が細胞分裂一回につき一定量だけ短くなることで染色体が不安定化し細胞死(老化に繋がる)やガンの原因となる為、寿命のタイマーともいわれる
・メタンの海…土星の衛星タイタンなど低温の天体にはメタンやエタンが液体で存在し、雨となって降り注ぐと考えられている
・カルシウムイオンの波…受精の瞬間、精子の侵入点から卵の表面をカルシウム波が伝い、このために他の精子は卵子に侵入できなくなる。受精波ともいう
・前頭葉…哺乳類の大脳の前部に位置し、人間では高次な精神機構を担うとされる
・ガンマ・レイ…ガンマ線バースト(超大質量の恒星が一生を終える時に極超新星となって爆発し、これによってブラックホールが形成され、バーストが起こるとされる)
・解かしてしまえ…パラドクス(逆説)に掛けてこの字にしました
・対消滅…粒子と反粒子が衝突し、エネルギーを他の粒子に変換される現象
・背景放射…宇宙マイクロ波背景放射、観測され得る宇宙の最も遠く最も古い地点、即ちビッグバンの跡。もしもそんな遠い所を目指して旅をするとしたら、所謂冷凍睡眠など何らかの方法で肉体の時間を制御する必要があるだろう