Atmosfear(アトモスフィア)
概要
空にはもう一つの位相(チャネル)がある。それは真紅の光を放つ魔性の空。そちらの空と繋がってしまった者たちは、“クリムゾン”Crimson-sky-gazerと呼ばれる。彼らは魔性の力を手にするが、もはや二度と、天空が彼らに恵みの青を見せる事はない。彼らの目にだけ、昼も夜も、空は血の様な真紅に映る。また彼らの目はその色を映し、力を行使する時には真紅に輝く。また同じ様に、朱き大地に魅入られた“ヴァーミリオン”Vermilion-earth-standerと呼ばれる者たちも存在する。彼らの目には、大地が常に朱い輝きをもって映る。
人物・キーワード
イッリ = “ チェシャ・キャット ” = アクスレイ/14~15歳/男
文語的な言葉遣いの、大人びた少年。しかしその実は優しく脆い心の持ち主。戦いの際に不敵な笑いを浮かべる姿が、“チェシャ・キャット”の呼び名の所以。「笑って人を殺せる悪魔」と彼自身は言うが、それは彼の武装。心の刃であるAtmosfearで戦う時、心が呑まれれば負けてしまう。相手に呑まれない為、恐怖を押し殺す為に彼は笑う事を覚えた。「だって僕は怖い。戦いが。力が。人を殺せる力が僕にあることが。こうしている今も、怖くてたまらない──
それでも僕は死ねない。大切な約束があるから。だから僕は戦う。そのために笑うんです。」
彼の少し大きな上着は、カイムが彼を保護した時に着せたもの。
カイム/推定20代/女
クリムゾンとなったイッリを導き、力の制御を教えた女性。クリムゾンに稀に発生するという奇病「存在分岐顕現症」──“増える病(やまい)”に冒されている。「クリムゾンとなった恐怖と混乱の中、一人きりで正気で居られる人間は多くない。
多くは心を失い狂人と化したり、力に酔いしれ邪悪な殺戮者と化したりする。
だから私はあなたを放っておけなかった。私がクリムゾンとなった時、大切な人に助けられたように」
スクナ/15~16歳、イッリの1歳上/女
イッリと出会い、ともに旅をする事になる少女。“笑いながら人を殺す”イッリに初めは嫌悪をぶつけるが、その本心と涙を知り困惑する。5年ほど前、つまり10歳頃以前の記憶が無い。
実は、その頃「存在分岐顕現症」によってカイムより生まれ出でた存在。彼女はカイムの記憶もクリムゾンの力も持ち合わせていないが、その年頃のカイムそのもの。いわば、カイムという人間がこうあったかもしれないという“可能性”。
神弓“原初の海”を持つ。スクナは目覚めたとき、その名と、神弓“原初の海”しか持ってはいなかった。
自分を記憶喪失だと思い、昔の自分の手掛かりを探して旅をしていたが、やがて、自分がカイムという全く別の人間であった事を知り、自分とは何かを苦悩する事になる。
オルドル/76歳(外見26~27歳)/男
ある森の“主(ヌシ)”であるヴァーミリオン。朱き大地“ヴァーミリオン”の寵愛を受けた彼は不老となり、その土地のパワーバランスを保つ為、森一帯の生命を見守り続ける使命を課された。家族や友人たちが老いさらばえ、死にゆく様を、成すすべも無く見守ってきた。イッリとスクナとの出会いによって、使命という檻に自分を閉じ込めたのは自分自身かもしれないと気付き、少しずつ変わり始める。
神弓“原初の海”
カイムが密かに研究していた神秘の弓。その力の源は、空(クリムゾン)とも大地(ヴァーミリオン)とも異なる“海”の主。これを扱えるのは数百年に一人と言われる“適合者”のみ。適合者の手に携えられ、その昂った精神と融合した時、この弓は初めて力を発揮する。そうでない時はただ、重くて誰にも引けないガラクタに過ぎない。スクナは“カイム”と相対しイッリを助けた時、わずかにその力の片鱗を見せた。
カイムが隠し持っていた“原初の海”を、理由も分からぬまま持ち出したスクナ。
つまり、カイムは“原初の海”の適合者だったのだ。クリムゾンにさえならなければ、赤き空に汚されなければ。
クリムゾンとなった後に“原初の海”と出会ったカイムは、いくら研究してもそれを扱う事は出来なかった。
カイムでありクリムゾンでないスクナは、適合者となりつつある。
……カイムが存在分岐顕現症に冒されたのは、不幸な偶然だったのか。
それとも、適合者を失った“原初の海”が、彼女を呼び戻すために仕組んだカラクリだったのか。
エピソード
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幼い頃、イッリと親しかった気のいい青年「レキン」。
だが彼はイッリの村と、その先の城下町へ侵攻するため潜入していた内乱勢力の密偵だった。
よく晴れた真昼に始まった突然の戦乱、略奪。
イッリの家に逗留していた彼は、真っ先にその住人を襲い始めた。いつものように、優しく笑いながら。
父、母、祖母を殺され、傷を負ったイッリ。
目の前には鬼畜と化したかつての友。
イッリは生まれて初めて、その身が殺意に燃えるのを感じていた。
その時突如、真昼の空が真っ暗に翳った。その闇がめりめりと破れて、漆黒の空に巨大な真紅の眼が開いた。
眼の中には蠢く無数の手、足、口、得体の知れぬものたち。
あまりの光景に愕然と、身を凍らせるイッリ。しかしレキンは動じていない。
(レキンには見えていない…?僕だけが、こんな幻を見ているのか?)
(そうだよ、こんな光景、幻でしかありえない。傷の痛みと混乱で、幻覚を見ているんだ)
幻だと思おうとするイッリに、天の巨大な眼から血のしずくが伸び、イッリの両目に入り込んだ。
それは熱く、そして骨を裂くような恐怖が彼を揺るがした。
「君とはもっと遊びたかったけど、さよならだよ。イッリ」
レキンの声がした。
迫り来る刃。
やめろ。
くるな。
どうして。
トモダチダッタノニ。
ゆるせない。
コ ロ シ テ ヤ ル ────
イッリの心をうつして、異形の力が形を成した。
レキンの刃は粉々に砕かれ、そしてレキン自身も。
村には静寂が戻り、雨が彼らを打ちすくめる。
殺人者となったイッリは、その恐怖に震えていた。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
震えて、震えて、止まらない。
恐い。コワイ。こんなに恐い時、一体どうすれば──
そうだ。
笑えばいい。
レキンがいつも、そうしていたように。
だが彼はイッリの村と、その先の城下町へ侵攻するため潜入していた内乱勢力の密偵だった。
よく晴れた真昼に始まった突然の戦乱、略奪。
イッリの家に逗留していた彼は、真っ先にその住人を襲い始めた。いつものように、優しく笑いながら。
父、母、祖母を殺され、傷を負ったイッリ。
目の前には鬼畜と化したかつての友。
イッリは生まれて初めて、その身が殺意に燃えるのを感じていた。
その時突如、真昼の空が真っ暗に翳った。その闇がめりめりと破れて、漆黒の空に巨大な真紅の眼が開いた。
眼の中には蠢く無数の手、足、口、得体の知れぬものたち。
あまりの光景に愕然と、身を凍らせるイッリ。しかしレキンは動じていない。
(レキンには見えていない…?僕だけが、こんな幻を見ているのか?)
(そうだよ、こんな光景、幻でしかありえない。傷の痛みと混乱で、幻覚を見ているんだ)
幻だと思おうとするイッリに、天の巨大な眼から血のしずくが伸び、イッリの両目に入り込んだ。
それは熱く、そして骨を裂くような恐怖が彼を揺るがした。
「君とはもっと遊びたかったけど、さよならだよ。イッリ」
レキンの声がした。
迫り来る刃。
やめろ。
くるな。
どうして。
トモダチダッタノニ。
ゆるせない。
コ ロ シ テ ヤ ル ────
イッリの心をうつして、異形の力が形を成した。
レキンの刃は粉々に砕かれ、そしてレキン自身も。
村には静寂が戻り、雨が彼らを打ちすくめる。
殺人者となったイッリは、その恐怖に震えていた。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
震えて、震えて、止まらない。
恐い。コワイ。こんなに恐い時、一体どうすれば──
そうだ。
笑えばいい。
レキンがいつも、そうしていたように。
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“増える病(やまい)”とは
耐え切れないほどに傷ついた時、心がその痛みに壊れそうな時、人は時として、自らの中に仮面や別の人格を作り出してしまう事がある。
しかし心を具現する力を持つクリムゾンは、その別人格をも具現してしまう。
それこそが“増える病(やまい)”──存在分岐顕現症の正体。
カイムはある時、大切な二つのもののどちらを守り、どちらを見捨てるかという葛藤に陥った。
「そんなの選べない。どっちも見捨てたりしたくない…!」
そう叫んだ時、カイムはふたり存在していた。
大切なものの片方を選択したカイムと、他方を選択したカイム。
ふたりは相容れない。
お互いの選んだものを守り抜くためには、他方を滅ぼさねばならない。
「おかしな話でしょう?私は、私自身を殺すために捜し求めているのよ」
イッリに出会ったのはその片方。
「イッリ。もしもあなたが“私でない私”に出会ったなら、躊躇することなく殺してほしい。
それが“私”か、“私でない”かは、あなたならきっとわかる。
あなたが心に描く“私”でない私に出会ったなら、“私”はきっと倒される事を望んでいるわ」
そのカイムも、ある日イッリの前から姿を消した。おそらくは、また“増えて”しまったのだ。
残されたイッリはカイムを探す旅に出た。
あのカイムさんに会いたい。
そしてもし、“異なる”カイムに出会ってしまったならば。
僕はこの手で、殺さなければならない。
それがカイムさんとの約束。僕を助けてくれたカイムさんの為に、必ず果たさねばならない約束──。
しかし心を具現する力を持つクリムゾンは、その別人格をも具現してしまう。
それこそが“増える病(やまい)”──存在分岐顕現症の正体。
カイムはある時、大切な二つのもののどちらを守り、どちらを見捨てるかという葛藤に陥った。
「そんなの選べない。どっちも見捨てたりしたくない…!」
そう叫んだ時、カイムはふたり存在していた。
大切なものの片方を選択したカイムと、他方を選択したカイム。
ふたりは相容れない。
お互いの選んだものを守り抜くためには、他方を滅ぼさねばならない。
「おかしな話でしょう?私は、私自身を殺すために捜し求めているのよ」
イッリに出会ったのはその片方。
「イッリ。もしもあなたが“私でない私”に出会ったなら、躊躇することなく殺してほしい。
それが“私”か、“私でない”かは、あなたならきっとわかる。
あなたが心に描く“私”でない私に出会ったなら、“私”はきっと倒される事を望んでいるわ」
そのカイムも、ある日イッリの前から姿を消した。おそらくは、また“増えて”しまったのだ。
残されたイッリはカイムを探す旅に出た。
あのカイムさんに会いたい。
そしてもし、“異なる”カイムに出会ってしまったならば。
僕はこの手で、殺さなければならない。
それがカイムさんとの約束。僕を助けてくれたカイムさんの為に、必ず果たさねばならない約束──。
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兆し
カイムらしき人物が現れると聞いて、イッリが向かった教会。美しいレリーフを眺めていたイッリは、かすかな気配に振り返った。
ややあって扉がゆっくりと開き、華奢な人影が現れた。
イッリは目を凝らす。
逸る心を抑えて、懸命に平静を装う。
「久しぶりね、イッリ。」
安堵してはいけない。確かめねばならない、慎重に。
この人はカイムさんか、否か?
人影が近付いてくる。窓からの光に、その姿が照らし出される。
「随分大きくなったね。その服も、もうすぐ小さくなるかしら」
瞬間。
カイムの背後から木の枝のような触手が伸び、イッリの首筋を絞め上げた。
「!!…………ッ」
イッリの身体は軽々と持ち上げられ、カイムの目の前に引き寄せられた。
(ちがう…
こんなことをするカイムさんは、あのカイムさんじゃない!)
急速に奪われる呼吸、激しい耳鳴りと眩暈の中、イッリは約束を果たす為、力を行使しようとした。
震える手をカイムに向ける。
懐かしい顔が、その向こうにちらつく。
…
……
─────────────出来ない。
イッリの瞳に大粒の涙がこぼれた。
分かっている…目の前のこれが、あのカイムさんじゃないことは分かっている。
それでも。
それでも、
この髪も、瞳も、優しげな微笑も、囁く声も、僕が5年間追い求めてきたあの人そのもの。
──殺したくない。殺したくない…!
殺すという言葉を思い浮かべるだけで、胸の奥がきりきりと痛む。
こんなに辛いなら、いっそこのまま、殺されて……。
不意にカイムは目を細め、扉の方を見やった。
その時。
「イッリ!!」
ばたん、と荒々しく教会の扉が開き、スクナが立っていた。
その手には神弓“原初の海”、そしてそこには、青い光の矢がつがえられていた。
「イッリ…。この、意気地なしッ!!」
叫ぶが早いか、スクナは“原初の海”を引き絞り、光の矢を解き放った。それは恐るべき速さで、空気を裂き、イッリを拘束する触手を破砕した。
イッリの体が地面に崩れ落ちる。途切れかけた意識が鮮明さを取り戻し始める。
徐々に明るくなる視界の隅に、イッリは一つの人影を捉えた。
(………………スクナ……さん…?)
スクナは再び“原初の海”の弦に手をかけ、カイムに向けて構えた。
「同情に負けてただ殺されてしまうだけなら、通りすがりの他人と変わらない。
酷な頼み事だとは思うけど…。どうして君に頼んだのか、その意味を考えてみて。もう一度!」
風が巻き起こるように空気がざわめき、どこからともなく“原初の海”に青い光が射し始めた。その光は徐々に強くなり、収束し、形を成しはじめた。
「世界中で君にしか出来ないからなんだ。誰よりもよく知っている、君にしか。
何が本当の救いなのか、分かることができるのは君しかいない!」
光は次第に輪郭をはっきりとさせていく。それは紛れもなく、あの青い光の矢。
「…その力…」
カイムが独り言のように呟いた。その響きには、尋常でない驚きが顕れていた。
突如、ぴしりと大気に亀裂が入ったように、スクナの動きが止まった。“原初の海”は急速に輝きを失い、光の矢は霧散する。
「………あ…れ?」
スクナの身体は力を失い崩れ落ちた。“原初の海”もその手を離れ、ガラクタの様に転がった。
(やはり。まだ、器が足りないのね)
カイムだけがその理由を理解したように、冷静な視線を投げていた。
スクナは倒れたまま、指一本動かせない。
全身の骨が熱く、砕けるように痛い。手足に力が入らない。額に冷たい汗が流れるのを感じる。
(…あたし…一体、どうしたんだろう…?)
さっきまで何を口走っていたのか、よく覚えていない。
決して扱えなかった“原初の海”を、私が射った…?
それに、イー君のことを「イッリ」と呼んでいなかった?
あの力は、あの言葉は、どこから出てきたんだろう…?
ふと顔に影がさし、なんとか視線を上げると、カイムがすぐ傍に立っていた。
「気分はどう?」
声が出ない。
「あなたのような存在がいるなんてね」
カイムの背後で禍々しいものが蠢く気配がした。
「絶やしてしまうのは惜しいけど…残念ながら、そうも言っていられないの」
(殺される…!?)
スクナが殺気を感じた瞬間、カイムの動きが止まった。
その後ろに、さらに激しく渦巻く殺気があった。
「カイムさん……」
その主は、とめどなく涙を流したまま、不敵に微笑む少年だった。
「…カイムさん。僕は、あなたを殺します」
ややあって扉がゆっくりと開き、華奢な人影が現れた。
イッリは目を凝らす。
逸る心を抑えて、懸命に平静を装う。
「久しぶりね、イッリ。」
安堵してはいけない。確かめねばならない、慎重に。
この人はカイムさんか、否か?
人影が近付いてくる。窓からの光に、その姿が照らし出される。
「随分大きくなったね。その服も、もうすぐ小さくなるかしら」
瞬間。
カイムの背後から木の枝のような触手が伸び、イッリの首筋を絞め上げた。
「!!…………ッ」
イッリの身体は軽々と持ち上げられ、カイムの目の前に引き寄せられた。
(ちがう…
こんなことをするカイムさんは、あのカイムさんじゃない!)
急速に奪われる呼吸、激しい耳鳴りと眩暈の中、イッリは約束を果たす為、力を行使しようとした。
震える手をカイムに向ける。
懐かしい顔が、その向こうにちらつく。
…
……
─────────────出来ない。
イッリの瞳に大粒の涙がこぼれた。
分かっている…目の前のこれが、あのカイムさんじゃないことは分かっている。
それでも。
それでも、
この髪も、瞳も、優しげな微笑も、囁く声も、僕が5年間追い求めてきたあの人そのもの。
──殺したくない。殺したくない…!
殺すという言葉を思い浮かべるだけで、胸の奥がきりきりと痛む。
こんなに辛いなら、いっそこのまま、殺されて……。
不意にカイムは目を細め、扉の方を見やった。
その時。
「イッリ!!」
ばたん、と荒々しく教会の扉が開き、スクナが立っていた。
その手には神弓“原初の海”、そしてそこには、青い光の矢がつがえられていた。
「イッリ…。この、意気地なしッ!!」
叫ぶが早いか、スクナは“原初の海”を引き絞り、光の矢を解き放った。それは恐るべき速さで、空気を裂き、イッリを拘束する触手を破砕した。
イッリの体が地面に崩れ落ちる。途切れかけた意識が鮮明さを取り戻し始める。
徐々に明るくなる視界の隅に、イッリは一つの人影を捉えた。
(………………スクナ……さん…?)
スクナは再び“原初の海”の弦に手をかけ、カイムに向けて構えた。
「同情に負けてただ殺されてしまうだけなら、通りすがりの他人と変わらない。
酷な頼み事だとは思うけど…。どうして君に頼んだのか、その意味を考えてみて。もう一度!」
風が巻き起こるように空気がざわめき、どこからともなく“原初の海”に青い光が射し始めた。その光は徐々に強くなり、収束し、形を成しはじめた。
「世界中で君にしか出来ないからなんだ。誰よりもよく知っている、君にしか。
何が本当の救いなのか、分かることができるのは君しかいない!」
光は次第に輪郭をはっきりとさせていく。それは紛れもなく、あの青い光の矢。
「…その力…」
カイムが独り言のように呟いた。その響きには、尋常でない驚きが顕れていた。
突如、ぴしりと大気に亀裂が入ったように、スクナの動きが止まった。“原初の海”は急速に輝きを失い、光の矢は霧散する。
「………あ…れ?」
スクナの身体は力を失い崩れ落ちた。“原初の海”もその手を離れ、ガラクタの様に転がった。
(やはり。まだ、器が足りないのね)
カイムだけがその理由を理解したように、冷静な視線を投げていた。
スクナは倒れたまま、指一本動かせない。
全身の骨が熱く、砕けるように痛い。手足に力が入らない。額に冷たい汗が流れるのを感じる。
(…あたし…一体、どうしたんだろう…?)
さっきまで何を口走っていたのか、よく覚えていない。
決して扱えなかった“原初の海”を、私が射った…?
それに、イー君のことを「イッリ」と呼んでいなかった?
あの力は、あの言葉は、どこから出てきたんだろう…?
ふと顔に影がさし、なんとか視線を上げると、カイムがすぐ傍に立っていた。
「気分はどう?」
声が出ない。
「あなたのような存在がいるなんてね」
カイムの背後で禍々しいものが蠢く気配がした。
「絶やしてしまうのは惜しいけど…残念ながら、そうも言っていられないの」
(殺される…!?)
スクナが殺気を感じた瞬間、カイムの動きが止まった。
その後ろに、さらに激しく渦巻く殺気があった。
「カイムさん……」
その主は、とめどなく涙を流したまま、不敵に微笑む少年だった。
「…カイムさん。僕は、あなたを殺します」
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スクナ
ようやく巡り会ったカイムの欠片のひとつ。
それは肉体も、クリムゾンの力も失い、小さなクリスタルに宿った意識体。
しかし、イッリと出会い暮らした頃の記憶と、カイムらしい人格を持っている。
「その意味では、あなたが探していた私かもしれないわね。
完全な私なんて、もうひとりも居ないのよ」
そのカイムに、イッリは問いかける。
長い旅を続け、次第に確信に変わりつつある疑問。
けれど恐ろしくて、断定できなかった。
ずっと捜し求めてきたものの存在を揺るがす問い。
でも、今、聞かなければ。
このひとの声で聞かなければ、僕はまだ迷い続けてしまう。
「…教えて下さい。
ス ク ナ さ ん は 、 カ イ ム さ ん で す か ?」
少しの静寂の後、しかし、その問いを予測していたように落ち着いた口調で、カイムは答えた。
「恐らくね。間違いないと思うわ」
それは肉体も、クリムゾンの力も失い、小さなクリスタルに宿った意識体。
しかし、イッリと出会い暮らした頃の記憶と、カイムらしい人格を持っている。
「その意味では、あなたが探していた私かもしれないわね。
完全な私なんて、もうひとりも居ないのよ」
そのカイムに、イッリは問いかける。
長い旅を続け、次第に確信に変わりつつある疑問。
けれど恐ろしくて、断定できなかった。
ずっと捜し求めてきたものの存在を揺るがす問い。
でも、今、聞かなければ。
このひとの声で聞かなければ、僕はまだ迷い続けてしまう。
「…教えて下さい。
ス ク ナ さ ん は 、 カ イ ム さ ん で す か ?」
少しの静寂の後、しかし、その問いを予測していたように落ち着いた口調で、カイムは答えた。
「恐らくね。間違いないと思うわ」
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© 2007 よこ
2005.10-