STORY

龍鳴学苑の陰謀

概要・キーワード
 古都郊外に佇む私立学園、龍鳴学苑(りゅうめいがくえん)。幼稚園から大学までを擁し、ひとつの町ほどの規模をもつ巨大教育施設である。そのどこかに巨大な呪術遺跡が隠されており、現代社会では絶え果てた筈の超常の力と、その使い手達が今も息づくと噂される。
 10年前、ひとりの男がひとりの少女を救うため学苑に戦いを挑んだ。彼は敗れたが少女は逃げ延び、学苑は独裁者の箱庭へと戻った。
 そして今、陰謀渦巻く学苑に再び動乱が起ころうとしていた…。

2013.10.23-
人物

坂洲 水琴 (さかしま みこと)/女/22歳

物語の主人公。龍鳴大学理工学部の生徒。(龍鳴学苑に入ったのは大学から)
文の幼馴染で、音信不通になってしまった彼女を気に掛けている。生徒会第二執行部の一員として呪術作戦に加わる中、学苑の動向に疑問を感じていたが、周によって文が学苑に狙われている事を知り、彼女を助ける戦いに身を投じる。
陰陽道や呪(しゅ)について独学で研究し、行使された呪に対して解呪、解毒等を行う対抗符(アンチスペル)の作製を得意とする。スマホに表示し行使する符を開発、「スマ符(ふ)」と呼ばれて恥ずかしがっている。
【命名由来】 さかしま…逆しま、呪(しゅ)に逆らうアンチスペルの属性から
水琴窟(すいきんくつ)は、日本庭園の装飾の一つで、手水鉢の近くの地中に作りだした空洞の中に水滴を落下させ、その際に発せられる音を反響させる仕掛けで、手水鉢の排水を処理する機能をもつ
坂洲(顔・全身)

戻橋 明 (もどりばし あきら)/男/33歳※

※物語前半では33歳、後半では戸籍上43歳だが身体時間が10年止まっていた為実質33歳。
龍鳴学苑小学校教諭。専門である美術も兼任し、生徒達からは「暗い」「授業がつまらない」「図工や音楽は違う先生なのが嬉しいのに、なんでウチだけ担任なの」と不人気。常にぼーっとしており、大きめの眼鏡で表情が見えにくい。
その実体は陰陽師の名門、戻橋家の次男で、その腕はかの高名な陰陽師の生まれ変わりと称されるほど。
学内には人に懐かない猫が二匹徘徊しており、実は明の使い魔「イディオ」と「サヴァン」で学内の呪術状況を探っている。その猫達が懐いた生徒が一人だけおり、懐いたということは彼女が学苑の呪術場にとって重要な存在という事。それが宿祢文。戻橋はさり気なく宿祢と親交を深めつつ彼女の事を調べ、複雑な家庭環境にある彼女が元々の姓は「上薙(かんなぎ=巫)」だという事を突き止め確証を得る。
だが文の素性に勘付いた学苑が彼女を捕らえようと動き出す。
【命名由来】 戻橋→一条戻り橋→安倍晴明、晴と明の字を分けて与えられた兄弟
戻橋明(半身) 文を守る明 晴人と明

戻橋 晴人 (もどりばし はるひと)/男

戻橋明の一歳上の兄。戻橋家の後継者であり才能ある陰陽師だったが、ドイツ留学中に不幸な事故で死亡。だが明だけは、それが事故でない事を知っている。死の間際に晴人は明に学苑の陰謀をほのめかし、アリアへのメッセージを託したのだ。
【命名由来】 戻橋→一条戻り橋→安倍晴明、晴と明の字を分けて与えられた兄弟
戻橋晴人(半身) 晴人と明

サヴァン

奇妙な文様(腹に勾玉模様)の入った白猫の姿をした戻橋の使い魔。10年前の戦いの際、主を守るため犠牲となる。
【命名由来】 イディオ・サヴァン(idiot savant)…天才ばか(サヴァン症候群)
サヴァンとイディオ

イディオ

サヴァンの文様を白黒反転したような黒猫の姿をした戻橋の使い魔。
【命名由来】 イディオ・サヴァン(idiot savant)…天才ばか(サヴァン症候群)
サヴァンとイディオ

宿祢 文 (すくね あや)/女/物語前半では12歳、後半では22歳

前半では龍鳴学苑小学校の生徒。長い黒髪で歳不相応な憂いを含んだ少女。
友達も少なく大体一人で過ごしていたが、学内の猫(サヴァン)に懐かれた事から戻橋と仲良くなり、学苑の陰謀に巻き込まれていく。
式神「貴人(きじん)」(式神の長)の化身。
【命名由来】 宿禰(すくね)は、八色の姓で制定された、姓(カバネ)の一つ。真人(まひと)、朝臣(あそん)についで3番目に位置する。大伴氏、佐伯氏など主に連(むらじ)姓を持 った神別氏族に与えられた。
(1)古代、貴人を親しみ尊んで呼ぶ語。武内宿禰の類。
(2)八色(やくさ)の姓(かばね)の第三。大伴・佐伯など主に連(むらじ)姓の有力豪族に与えられた。
宿祢(過去・現在 全身) 文の呪筆;叔父が作成した、血液を使い呪を書く道具 文を守る明

武南 克也 (たけみな かつや)/男/21歳/身長181cm

龍鳴大学生徒会第二執行部の特攻隊長。かなりガラが悪いが仁義に厚く猫好き。生徒会の一員として呪術作戦に参加しているが、その行動倫理には納得行かないものを感じている。雷の刀「旗断牙光(はたたがみ)」を携える。
文学部。学業成績はあまり振るわないが、人の善悪を見抜く勘の鋭さを持つ。
奇抜な髪型は、美容師修行中の友人の練習台になっているため。
【命名由来】 たけみな…建御名方神、雷の神/はたたがみ…激しい雷、「はたたく神」の意
武南(顔・全身) 刀はレザーケースに入れて持ち歩いている 武南と要の闘い

朽苗 凌 (くちなわ りょう)/男/26歳/身長182cm

生徒会第二執行部員。理工学部化学専攻。年齢差はあるが坂洲と同学年。「朽苗さん」と呼んでいた坂洲に「同期なんだから凌でいいよ」と促すが、間を取って呼称は「凌さん」に落ち着く。
こっそりホストのバイトをしている。特技はダーツとビリヤード。軟派で軽薄、すぐに女性を誘い、何でもヘラヘラと受け流す食えない奴。武南は虫が好かないとよく腹を立てている。
武器は水の気を帯びた漆黒の棍「驟雨(しゅうう)」。エピソード「毒蛇の胸中」の戦いではそれに毒の注射器を仕込んだ他、刺さった瞬間に毒を注入しつつ極力出血を抑えるダーツ状の武器、衝撃で潰れる毒のカプセル(敵の口内などに投げ入れる)、毒を霧状に散布する器具などを使用。
エピソード「毒蛇の胸中」の後はホストのバイトを辞めバーテンに転向。化学反応で変色するショーカクテルを研究し始め、後にその技術とホスト仕込みの話術、まるで歳を取らない甘いマスクでカリスマバーテンダーとなっていく。
【命名由来】 くちなわ…蛇、毒と狡猾なイメージから
朽苗(半身)

敷見 由架 (しきみ ゆか)/女

生徒会第二執行部員。第二執行部で坂洲に初めてできた女友達。文と同じ呼び名で自分を呼ぶ柔和な黒髪の少女に、坂洲は文の面影を重ねる。しかし、学苑を正義と盲信する彼女は最終的に坂洲と敵対する事になってしまう。
【命名由来】 しきみ…樒、仏事に用いる植物
敷見(全身)

周 景訓 (しゅう えいくん/あまね かげみち)/男/80代

東洋史の客員教授。列記とした日本人だが見た目から名前を音読みで中国人っぽく呼ばれ、それで通すようになった。高齢のため非常勤。階段を登るのも覚束ないため講義は一階の教室に集中している。しかし、実は中国拳法に道教を取り入れた独自の戦闘術の使い手で脅威の殺戮マシーンである。対人・対物戦闘力は非常に高いが、式神を操る陰陽道とは霊力位相が異なるため、理事長の操る式神に直接ダメージを与える事はできない。
10年前密かに戻橋を手助けし、学苑側は疑いの目を向けるものの、明確な排除理由を掴めない事と、霊的能力の相違から決定的な脅威にはならないとして泳がせている。
その力と思惑を巧みに隠し、坂洲達を助け導く。
【命名由来】 周…あまねくすべて/景…ひかり・様子・大きい・慕う・仰ぐ・影・添え物/訓…教える・導く
周(顔)

アリア・カーネギー /女/25歳

龍鳴大学の正面に位置する謎の事務所の所長。
生徒会の呪術作戦を指導する事もあり、坂洲は訝しんでいたが、実は本名を上薙 謡(かんなぎ うた)といい、文の実の姉。偽名・染髪・カラーコンタクトで素性を隠し、学苑から文を助け出す機会をずっと待っていた。
税金関係の事務所を装っているが、実は「呪鋼(ツァウバー・シュタール)」という呪力を帯びた金属とそれを用いた呪術兵器を開発する組織で、学苑への協力者を装いつつ、学苑に対抗する準備を着々と進めていた。
【命名由来】 アリア→歌→謡
アリア(半身)

先森 晃太 (さきもり こうた)/男/23歳

カーネギー事務所の所員。新卒採用。事務担当。気弱で心配性、すぐオタオタするため普段戦闘にはあたらないが、実は銃器の扱いに長け、憧れのアリアを守る為なら意外な力を発揮する。
【命名由来】 さきもり…防人
先森(顔)

御井名 芳 (みいな かおる)/女/30代

医務教官。医師にして薬剤師の資格を取れる程の薬学知識を持ち、化学的見地から陰陽道を研究する才女。学苑がこの地の秩序を守る正義と思っていたが、近年疑問を感じ始めていた。坂洲達の行動を訝り牽制するが、次第に坂洲達の方が正しいのではと思い始める。
若い頃、デスメタル系バンドで「Meana(ミーナ)」と名乗り活動していた。
【命名由来】 御井(みい)…医療を司る典薬寮(律令制により制定された機関)の付属施設で、薬草を洗い製薬するための井戸。
御井名(半身) 播磨と御井名、現在と過去

播磨 透 (はりま とおる)/男/30代

生活指導教官。見るからに生真面目な堅物。御井名と共に第二執行部の動向に目を光らせていたが、御井名が寝返った後は彼女に只ならぬ復讐心を燃やす。
若い頃、御井名のバンドメンバーだった。
【命名由来】 玻璃(はり)…ガラス。または仏教における七宝の一つ、水晶。
播磨と御井名、現在と過去

中野 (なかの)/男/50代

学苑の用務員。主に庭の手入れを担当し、敷地の構造から業務用通路まで学苑の全てを知り尽くしている。
庭でぼけーとしている事が多かった戻橋と仲が良く、彼が戦いに赴く事を知ったが、当時家族もあった彼は立場上学苑に逆らえず、戻橋を手助けする事はなかった。その後、戦う勇気を持てなかった自分を深く悔い、今度こそ誰かの力になりたいと格闘技の修練を積む。その一方で、戦いへの恐怖は拭いきれずにいる。
10年前の戦いより後、家族と離縁していたが、全ての事態が落ち着いた後復縁する。

玄城 要 (げんじょう かなめ)/女/22歳/身長171cm

生徒会第二執行部部長。龍鳴学苑大学4年生。政治経済学部で既に学苑財務への就職が約束されているエリート。武南の刀を制する金気の刀を持つ。 マニッシュな装いに中性的な雰囲気、手の内を見せない飄々とした人物。
幼くして身寄りを無くし、理事長に生活と就学の場を与えられた事から、理事長への忠義を誓う。第二執行部内に謀反の動きがある事は勘付いていたが、理事長の命あるまでは気付かない振りをして部員達にも友好的に接していた。
玄城要(半身) 武南と要の闘い

円野 角蔵 (えんの かくぞう)/男/60~70代

龍鳴学苑理事長にして、戻橋家と敵対する陰陽師であり全ての黒幕。
学苑所在地と密接に結び付いた式神「勾陣」、財の守護神「青龍」を従えた上、戦神「騰蛇」までもその手中に収めたと囁かれる。高貴なる血を持つ文を捕え、学苑の呪術場を盤石のものにしようと狙うが、騰蛇の力は制御しきれていなかった事が判明する。10年前の戦いでは封呪を撃たせるだけで精一杯、10年後の戦いでは騰蛇を暴走させてしまい、目覚めた文達に封印される事となる。
【命名由来】 修験道の開祖とされる呪術者、役小角(えんのおづぬ)から

円野 満 (えんの みつる)/男/推定10代

角蔵の息子だが、その姿を見た者は誰もいない。一説には、陰陽師として最良のコンディションを保つよう角蔵から様々な秘術を施され、成長の遅い身体と希薄な感情、そして人間離れした霊力を持つ存在だという。
角蔵とその式神たちが倒された後復活し、主人公達と全面的に戦うこととなる。
【命名由来】 満…安倍晴明のライバルといわれる陰陽師、芦屋道満から

セルゲイ・H・室暮 (セルゲイ・ヒルコ・ムロク)/男/年齢不詳

龍鳴学苑大学生。真黒いゴーグルと大きなヘッドホンを常に着用する筋骨隆々の巨漢。身長196cm。異国情緒溢れる風貌だが生まれも育ちも日本。しかも京都弁。そのままの格好で講義を受けるため講師に注意を受ける事もままあるが、本人曰く「ボクの瞳孔は光に弱いんで、眼科医に強う勧められて遮光ゴーグルを掛けとります。あとコレ集音器なんで、ボク耳も弱いんで、これ取ると講義も聞こえませんが、それでも取りましょか」授業態度は真面目で成績も良い。
実は学苑によって改造された半人半妖の存在。ゴーグルとヘッドホンは、爬虫類のような横長の瞳孔とギザギザに尖った耳を隠す為の物。体格に違わぬ身体能力に加え、体表面の任意の箇所を鱗のように硬化させる能力と、火属性の強い霊力を持つ。数年前に改造され、期待されたデータを出せなかった為廃棄処分とされたが逃亡し、正体を隠して学苑に入学した。被験体IDは「LZ-165」。半妖兵器の試作品である彼の存在は、学苑が既に『完成品』を作り出している可能性を示唆する。
【命名由来】 ヒルコ→蛭児、不具の子/mlok(ムロク)→スロバキア語で「イモリ」/セルゲイ、セルゲーイ (Сергей, Sergei, Sergey) は、スラヴ語圏の男性名。フランス語圏でのセルジュ (Serge) 、スペイン語のセルヒオ、イタリア語のセルジョやポルトガル語のセルジオ(これら3言語は同じつづりのSergio)や、カタルーニャ語のセルジ (Sergi) に対応する。中世ロシアの人物や正教会関係者には、教会スラヴ語のロシア風再建音からの転写であるセルギイが用いられることが多い。
セルゲイ(顔・全身)

入谷 信爾 (いりや しんじ)/男/19歳

いつも明るい爽やか熱血青年。複数の格闘技を心得、体に闘気を纏って闘う。基本的には善人で真面目だが、大事な話の最中にふいと居なくなったり、重大な用事をドタキャンしたりする事がたまにある。
実はその呪力の源はリビング・タトゥー(生きた刺青、刺青の形をした魔物。人に呪術を施す際に作られる人工的な寄生虫のようなものだが、意志を持ち野生化するものが稀にいる)であり、たまに黙って姿を消す時はリビング・タトゥーが生命力を喰らう発作である事が殆ど。
運動が趣味だと言って年中長袖のスポーツウェアを着ているのも、リビング・タトゥーを隠すため。
【命名由来】 イリヤ…ロシアの男性名。ロシアの口承叙事詩ブィリーナに登場する英雄「イリヤー・ムーロメツ」などがある

文月 章 (ふみづき しょう)/男

龍鳴学苑大学文学部日本文学専攻。いつもニコニコ笑っており人に真意を見せない。持って生まれた霊力は高くないが、言葉と文字が生み出す呪力である言霊でそれをカバーしている。

文月 栞 (ふみづき しおり)/女

章の姉。龍鳴学苑大学院卒、学苑総合書庫担当の司書。若さに見合わぬ驚異の読書量と記憶力で「歩く索引(インデックス)」の異名を取り、書庫内のどんな書物もどこのどの棚か諳で案内してくれる。嫌いなものは書き込みと紛失、延滞は大目に見る主義。
章と同じく言霊と書の力を操る。

エピソード
各タイトルをクリックすると物語を表示します。もう一度クリックすると閉じます。 *…主要エピソード / ft.(featuring)…重要人物

最期の電話ft. 明、晴人

 ものぐさ教師、戻橋明はその日も、休日をいいことに昼まで寝床の中にいた。そこへ電話が鳴り響き、彼は渋々起きだす。
「はい、戻橋…」
 明の寝ぼけ声は、緊迫した空気に遮られた。
「明…今、どこにいる…?」
「兄さん?え、ウチだけど…どしたの突然」
「よかった…誰も来ないようにできるかな…誰にも、聞かれちゃ駄目なんだ…」
「…兄さん、どうしたの?何があった!?」
「…ごめんよ、全てを説明する時間は無さそうだ…僕の言う事をよく聞いて、覚えておいて欲しいんだ…」
 学苑の陰謀、呪具や資料の隠し場所、そしてある女性について語る晴人。
「それと…もうすぐ…僕の飼ってるのが、そっちに行くと思うんだ…。突然で悪いんだけど、明なら大丈夫。どうか受け止めて」
「飼ってるのって…兄さん、まさか」
 契約者が死ねば式神は解放される。晴人はその際に式神が同じ血を持つ明のもとへ向かうよう契約していた。
「じゃあ…そろそろ切るね。ごめんよ明、頼んだよ……。」
 電話口で叫ぶ明をよそに、そっと電話を切る晴人。ほどなく明の身に衝撃が走り、兄の従えていた式神が自分に帰属した事を知る。その意味するところは兄の死。

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* この身に代えてft. 明、文

 式神などが放つ強力な呪(しゅ)には効果の記述だけでなく、対象の名前を錨(アンカー)とした『宛先』の記述が含まれており、物理的位置に拘らず対象に必ず着弾する。避けようが防ごうが地の果てまでも追ってくる。この類の呪を回避する(着弾・発動後に対抗するのでなく、受けないようにする)には対抗呪により『宛先』を書き換えるか無効化するしかない。明はその『宛先』を書き換える符を作り出していた。理事長の騰蛇が文に放った極大の封呪に対し、明はこの符を使い盾となる。
(この符なら、文の名が刻まれた呪をも退けられる。矛先を失った呪が、僕に向かおうとも…)
 そして文を守るため戻橋は身代わりに封印される。
「先生!先生ーー!!」
「い…行くんだ。君にしか…できない事が、ある」
「でも、先生は!!」
「…心配ない。また…会える。後は頼むよ、イディオ…」
 しかしその後、文が目にしたのは石像と化した戻橋の姿だった。
「また会えるって言ったのに…先生…そんな……」
 その後10年、学苑の片隅に石像としてその身を晒され、大人になった彼女達の戦いにより助け出される。

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* 語られる、始まりft. 坂洲、周

 ある日坂洲は講義終わりに周に呼び止められ、資料整理の助手をして欲しいと頼まれる。坂洲が指定された場所に行ってみると、それは学苑を離れバスを乗り継いだ先にある小さな歴史資料館だった。
「こういうのって、専門の人がするんじゃないんですか?」
「そうなんじゃが、みんな風邪をひいてのう」
 展示品の入替え作業を終えると、地下展示室で一息つく二人。
「いやー済まんのう、こんな所まで来てもらって。ほい、バス券」
「あ、どうも…」
「ところで…本当にお願いしたい事は、これからなんじゃ」
 さりげなく入口に鍵をかける周。
(閉じ込められた…!?)
 予想外の事態に警戒する坂洲。
「さて。君は自分の学校について、どれだけの事を知っておるかな」
 地図を持ち出し説明を始める周。
「ご存知の通りこの街は古来の都。帝の住まいが倖いの地となるよう、風水思想を基に様々な工夫が凝らされておる。吉の方角を定めれば凶の方角も定まる、所謂鬼門じゃ。帝宮を避けて通された凶の気が集まる土地、そこのあの学苑がある。あの地は負の気に満ち、古より邪悪なるものを呼び寄せるのじゃ。同時に、その邪悪なる者どもを鎮めるべき存在も脈々と受け継がれておる。10年ほど前、その存在があの学苑に帰ってきた…まだ年端もいかぬ少女じゃ。彼女の意思ではない、その身に流れる血が宿命を帯びておったのじゃ。その名は、宿祢…」
「……文…!?」
 思わず周に詰め寄る坂洲。
「あんた…先生!!文ちゃんを、あの子を知ってるの!?」
「…その子は不遇な家庭に育ち友達も少なかった。その数少ない友人が、やはり君だったんじゃな…坂洲くん」
「そんなことまで…!」
「君は学内でこの石像を見た事があるかね」
 取り出された一枚の写真には、ボサボサ頭に眼鏡を掛け、うつろに佇む冴えない男の像が写っていた。
「ええっと…あったような、なかったような…」
「それは石像ではない。10年前、宿祢くんを助けようと戦った陰陽師なんじゃ」
「え…ど、どういうこと?」
「宿祢くんは内気な生徒じゃったが、ただ一人心を許した教師がおった。それが彼、戻橋明じゃ。戻橋くんは稀代の陰陽師でもあり、学苑の尖兵として働いておったんじゃが、未来ある少女を道具にしようとする学苑に怒り反旗を翻したのじゃ。そして彼女を守るため、このような姿にされてしもうたんじゃ…」
 悲しげに視線を落とす周。その表情に少し警戒を解いた坂洲は、文の事を思い出す。
(そういえば、仲良しの先生がいるんだって言ってたな…)
「…君は、宿祢くんを探しに来たのかね」
「…!そうです、私は文ちゃんに会うためにこの学校へ入ったんです。教えて下さい、文ちゃんは今どこに!?」
「それは…ワシにもわからんのじゃよ」
「何だって!?」
「己が身と引き換えに宿祢くんを逃がした戻橋くんは、彼女の行方を完全に隠してしもうた。お陰で学苑には捕まっていないようじゃが、消息は杳として知れぬ。…ワシは彼の意思を継ぎ、宿祢くんを守ってやりたいのじゃ。数奇な血の持ち主とはいえ、ひとりの人間として自分の人生を送る権利はあるはずなんじゃ」
「先生…」
「坂洲くん。君が宿祢くんを助けたいのならば、ワシと共に戦ってくれるかね」
 坂洲は震えた。ただ連絡が取れないだけだと思っていたのに、まさかこのような事態が渦巻いていようとは。記憶の中の文が、遥か遠くに感じられた。俄には信じられそうもない一方、自分の知る幾つかの点が、周の話で繋がり始めたのも確かだった。しばしの沈黙の後、坂洲は周に向き直った。
「…はい。私は、そのために来たんです!」
 周は目を細め、彼女の勇敢な瞳を見つめた。
(良い子じゃ。宿祢くん、良き友を持ったの)

―――

「最も厄介なのは、ワシらの思惑を学苑に気取られる事じゃ。その為に学苑を離れ、こんな所で話をさせてもろうた。それでも安心はできん…君は理工学部じゃったね、ワシの講義を受ける事が無さそうなのは幸いじゃ。学内での接触は避けるに限る。何かあれば、ワシから連絡を取るよ」

―――

「一つ聞きたいんですが、この戻橋先生って…生きてるんですか」
「…判らん。彼に放たれたのは殺傷や破壊の呪ではなく封印の呪じゃ、しかしそれから10年も経つ。例え封印された時点では命があったとしても、最早…」
「……。」

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時計の針は再びft. 坂洲、中野

 周に教えられた戻橋の石像を見つけた坂洲。その近くで用務員が木の手入れをしている。その用務員こそが戻橋の素顔を知る数少ない人物、中野であった。
「用務員さんてここ長いの?あたし、同い年の女の子を探してるんだけど、知らないかな?苗字がちょっと変わっててね、『すくね』って言うんだけど」
 バキッ、と突然の大きな音に坂洲は驚いて振り返る。
「!?」
 見ると中野の手には、たった今手入れしていた大きな枝があった。
「…いやぁ、思ったより乾いてたんだな。突然折れるなんて、危ない危ない」
(この人…動揺してる?何か知ってるの……?)
 その時講義のチャイムが鳴り、坂洲は僅かな疑問を感じながらもその場を後にする。中野は平静を装って別れたが、10年前に聞いた名前に動揺と恐怖を抑えきれなくなる。
 その後暫くは坂洲を避けて姿を見せなかったが、坂洲が敵対する生徒達に襲われた時、坂洲を助けに現れる。

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嫌疑ft. 坂洲、御井名

 入学して間もない坂洲は生徒会第二執行部から召集状を渡され、次第に妙な仕事を引き受ける事になる。そんなある日、御井名は坂洲を呼び出す。
「この学苑には霊的な素養を持つ人間が自然と惹きつけられてくるの。この地の呪術的背景と気の流れが成せる業よ、さすが古来の魔都ね。そして、そうした人を学苑が見抜き生徒会第二執行部に勧誘するの。勧誘と言っても、ほぼ強制だけどね」
「第二執行部…」
「昔は陰陽道部とか地域史研究会とか言ってたんだけど、本当にそういうサークルだと思って入る人が結構いてね。でも団体として存在した方が、学内でも大っぴらに動けるわ。それで、あえて入る人がいなさそうな名前にしたのよ」
(そういう問題かな…)
「第二執行部に入った生徒の大半は、何も知らぬまま学苑の兵士にされていくの。でも稀に、自らの主張を持ち学苑の思想に異を唱える子がいるわ。あなたもそう、坂洲さん。あなたは何を知っているの?」
「…仮にそうだとして、言えると思います?」
 臆しない坂洲に御井名はにっこりと微笑むと、目にも留まらぬ早業でナイフを抜き、坂洲の頬に突きつけた。
「そんなわけないから、聞くんじゃない」

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異能の新人ft. 坂洲、武南

 生徒会に入って間もない坂洲が差し入れを託されて生徒会棟地下の一室に行くと、負傷した武南が臥せっていた。2ヶ月前に呪による攻撃を受けた不治の傷で、薬も外科処置も効果がなく、止まらない血を拭いながら衰弱を待つばかりという。
「病院とか行かないんですか!?」
「こんな傷…公に見せる訳にはいかねぇよ」
 武南が包帯を外すと、明らかに尋常ではない呪術文様の形の傷跡が口を開けていた。
「これは…!」
 異様な傷に顔色を変えた坂洲。しかし気味悪がると思いきや、
「…先輩、失礼します」
 坂洲はおもむろに筆記用具を取り出すと傷の形を書き写し始めた。
「…何してる?」
「もしかしたら私、お役に立てるかもしれません」
 翌日、自作の符を持って現れた坂洲。その符を用いて施術すると傷の呪力が消え、小さな傷だけが残った。
「テメェ、何者だ…!?」
 生徒会における坂洲の役割はこの日から大きく変わっていくことになる。

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人生の価値ft. 入谷

 隠してきたリビング・タトゥーの存在を御井名に暴かれ、その力を得た経緯を語り始める入谷。
「8年前…当時両親は不仲だった。母は単身赴任中の父に浮気の疑いを持っていた。父は無実だったが、誤解を解く機会をなかなか持てずにいた。そんな中ついに母は実家へ帰ると言い出し、赴任先から帰った父は僕を車に乗せて母の元へ急いでいた。」
「すまんな、子供を悲しませるなんて最低の父親だ…。だが誓うよ、俺はやましい事はしていない。母さんだって、話せばわかって…」
その時、対向車がこちらへスリップし、僕らは車ごと海へ転落した。どんどん浸水する車内で、重傷を負った父は僕を逃がそうとしていた。
「おまえだけは逃げろ…。母さんを守ってやってくれ…」
(そんな、父さん…。ここで死んだら、父さんは誤解を晴らせないままだ。そんなの嫌だ!ぼくは三人で、家族でまた笑いたいんだ!!)
その時、不思議な声が聞こえたんだ。
『力が欲しいか、小僧…?罪と痛みと引き換えに、人の及ばぬ力が欲しいか。この申し出を受ければ、おまえは戻れない破滅の道を進む事になる』
「なんでもいいよ!!父さんを助けて!!!」
気が付くと僕達は陸に上がっていて、後で見ると体に不思議な模様があったんだ。
その後、事故の知らせに駆けつけた母は父と和解することができた。それからの家族生活は幸せだった。でも2年後、父は病気であっさり亡くなってしまった。
…僕をバカだと思いますか?たった2年間の為に一生を棒に振ったと。でもぼかぁそうは思わない。あの日父を救えたおかげで、父は恨まれずに済み、母は父を恨んで生きずに済んだ。あの幸せな2年間があれば、僕と母は一生を生きていける。決して、無駄な事じゃなかったんですよ。両親を恨んで60年生きるより、この6年はよっぽど幸せだった。だから明日こいつに喰い殺されたって悔いはないですよ」

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リビング・タトゥーft. 入谷

 入谷のリビング・タトゥーがいよいよ彼の命を奪おうとした時、坂洲の呪符や皆の力によりリビング・タトゥーは駆除され、命を拾う代わりに呪力を失う。
「僕…生きていいんですか……代償を払うはずだったのに、まだ…生きていいんですか…?
ありがとう…ありがとう……ごめんなさい……」
 後日、武南から書類を渡される。
「なんスか、これ?」
「…除名通告だ。力を失った者は第二執行部には要らねぇ」
「…そっか…と、当然っスよね…へへっ」
「…けど、また遊びに来いよ!俺らの仲は変わらねェんだからな!」
「え!? …せ、先輩…!!」
「お袋さん、大事にしろよ」
「はい!!!!」
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* 純粋なる魂は、時に刃となりft. 敷見、坂洲

 坂洲達と道を違えてしまった由架。戦いに破れ、涙ながらに坂洲に語りかける。
「ねぇ…私達、もっとわかりあえたはずだよね…今からでも、遅くないかな…?」
「由架…!」
 友と再び味方になれる期待に表情を明るくする坂洲。しかしその期待は無残に打ち砕かれる。
「私と…一緒に学校を守ろうよ…。みこちゃんと敵なんてイヤ、味方になりたいよ…」
 由架はあくまでも学苑への信奉に生きようとしていた。どれほど親しい人間も、そこに立ち入る隙はなかった。
「…それは…。ごめん由架、学苑と戦う事は止められない。でも由架と戦いたくないのは、あたしも同じだよ!だから…」
「…そう。ここまで言っても、みこちゃんは考え直してくれないの…?」
 由架の頬を一筋の涙が伝う。
「…残念だけど、それならもう、サヨナラだね。バイバイ」
 絶望したように、手首の念珠の仕掛けを作動する由架。すると激しいエネルギーが渦巻き、由架の身体が異形のものへと変形していく。
「由架!?由架ァァ!!」
「…騙してたわけじゃない。ほんとに友達だったし、ほんとに好きだったよ。でも、どうしてもわかってくれないなら…もう、友達じゃない」
 友の名を叫ぶ坂洲をよそに、由架の身体は造り変えられてゆく。由架の念珠に宿された恐ろしい術、それは現魂依神(あらたまのよりがみ)といい、霊的能力を持つ人間を肉体から解放し式神と化す禁忌の呪術であった。
 巨大な化物と化してしまった由架に坂洲は恐る恐る声を掛けるが、振り向いたその顔に表情はなく、冷たく背を向け戦場へと向かってしまう。
「まずい、追わねェと!…坂洲?」
 坂洲を振り返る武南。そこには、どんな時にも前向きさを失わなかった今までの彼女はいなかった。
「いやだ…あたし、これ以上あの子と戦うなんてできないよ…!」
(あたしは友達を助けるために戦ってきた…だけど、由架だって友達なんだ…)
「おい…、おい坂洲!シャキッとしろ、テメェ!」
 坂洲に駆け寄ろうとした武南は、不穏な気配に足を止める。振り返ると、現魂依神が向かった方角から、紙人形のようなものが大量に押し寄せてきていた。それが何なのかは判らないが、無害な存在でない事だけは明らかだった。
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* 不治の疵ft. 敷見、坂洲、武南、周

 変わり果てた由架を前にして坂洲が戦いに心折れそうになった時、坂洲を狙い飛来する敵の前に立ちはだかる武南。鈍い音に坂洲が顔を上げると、敵の刃を敢えて受けた武南の姿があった。
「せ、先輩!!」
「へ…逃がさねェぜ」
 腹部に刺さった敵の刃を掴むと不敵に笑い、もう片手の刀で敵を一刀両断する武南。
「テメェができねえって言うんなら、俺達がやるまでだ。
だがよ…それでテメェは後悔しねえのか。
俺だったら、これしきの傷よりも、一生身を刻む後悔の方がよっぽど痛ェな」
 その言葉に、坂洲の心に鋭い痛みが甦る。
(後悔…10年前、文のために何もできなかった後悔…)
(あたしが悲しむことで、何かが解決するわけじゃない。ここで立ち止まったらどうなる?今更戦う事を止めたって由架はもう戻らない。そして、文は…。
文を助けられなかった後悔だけが、また残ることになる…!
…あたしの目的は文を救うこと。その為にもう戻れない道を進んできたんだ!)
 涙を溜めた坂洲の目に強い意志の光が戻る。
「…あたし、行ってきます!!」
「よォし、安心したぜ」
 そこに敵の増援が大量に襲来し、手負いの武南を残して行く事をためらう坂洲だが
「俺をなめんな!行けェ、坂洲!!」
「…はいっ!」
(…いい奴だ。男だったら、いいダチになれたかもな)
「さあて、大見得切ったからには俺も踏ん張らねェとな」
 武南は傷を押さえ、自嘲気味に笑みを浮かべると群がる敵を睨んだ。

―――

 戦い続ける武南だったが、出血と敵の多さに消耗し、刀を杖に片膝をついて屈みこむ。
「くっそ、どんだけ居やがんだ…」
 襲い掛かった敵を斬り払おうとするが、力が入らず刀を弾かれる。
「しまっ…」
 その時、小柄な影が音もなく割って入り、敵の刃を指二本で受け止めた。
「式人形(しきにんぎょう)か…ふむ。触れる実体があるという事は、斗えるという事じゃな」
「テメェは…!?」
 轟音と共に敵の土手っ腹に大穴が開き、がらがらと崩れ落ちる。その一撃を放った人影は、老教授・周であった。
「ほっほ。武南くん、じゃったかな。その傷でよう頑張った。ちょいと休んでなさい」

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* 友達、だったft. 坂洲、敷見、武南

 周の助けにより、現魂依神(あらたまのよりがみ)と戦う坂洲達のもとに武南が合流する。
「迷うな坂洲!アレはもうテメェの友達でも、執行部の敷見でもねェ。ただのバケモンだ!」
 武南の言葉に背中を押され、現魂依神に渾身の一撃を加えた坂洲。
「やったか…!?」
 戦況を見守っていた武南は、致命傷を受けた現魂依神の霊力場が急速に歪むのを感じ取った。現魂依神の体を維持していたエネルギーが反転し、爆散へと向かう兆しであった。
「まずい、崩壊の余波に巻き込まれる!逃げろ坂洲ァ!!」
 攻撃の反動で身動きが取れない坂洲。しかし現魂依神が最後の力を振り絞り、坂洲の体を弾き飛ばした。その直後、現魂依神は光と熱に包まれ爆発した。
(由架…!?私を…守ってくれた…?)
 直撃を免れた坂洲の前で、由架だったものの躰が煙と消えてゆく。
「由架………」
 言葉もなく泣き崩れる坂洲。
「…どっちが正しかったとか考えんなよ。んなもん、ねェよ。どっちも悪くなんかねェ」
 坂洲の頭をむんずと掴み、乱暴に撫で回す武南。
「悪くなんかねェよ…」
 声をあげて泣き出し、武南の胸に崩れかかる坂洲。
(小っちぇえな…。さっき飛び出していった背中は、もっと大きく見えたんだがな…)
坂洲の強さと弱さを知った武南は、今までとは違う意味で彼女に惹かれていく。

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亀裂ft. 御井名、播磨

 坂洲達の言動を見てきた御井名は次第に学園への不信を強めていった。そしてある日、播磨と議論の末に学園側から坂洲達の側へ立とうと決意する。
 微塵も立場を変える気のない播磨に溜息をつく御井名。
「そう…確かに私が愚かだったわ。今頃気付くなんてね」
「解れば良い。今後は言動に気を付ける事だ」
「…貴方達の間違いに」
「…なに?」
「友達の為に、大切な人の為に戦うあの子達の方が、ずっと純粋よ。人として間違っているのはどっちかしら?」
「貴様…まさか理事長に楯突くつもりか」
「ええ。理事長があの子達を潰すつもりなら、私はあの子達を守るわ」
「…それは、俺の敵になるという事でいいんだな」
 半ば背を向け、只ならぬ怒りに身を震わせる播磨。その怒気に恐怖を感じながらも、言い切る御井名。
「…そうよ」
 聞くが早いか、播磨は身を翻し御井名の喉元に手を掛けると激しく壁に叩き付けた。
「あッ…!!」
「それならば…今ここで始末するッ!!理事長の手を煩わせるまでもない!」
 御井名の体を持ち上げんばかりの勢いで絞め上げる播磨。
(そんな…ここでやられちゃ、何の力にもなれないまま…)
「離しやがれッ!!」
 その時、播磨の腕を雷撃が打ち、御井名を掴む手を離させた。怯む播磨の鼻先に武南が刀を突き付け、崩れ落ちた御井名に朽苗が駆け寄る。
「『力』も持たねェ奴に何してんだよ。それ以上は、俺達が相手だ」
「貴様…」
「ダメじゃないですか、か弱い女性が喧嘩なんて売っちゃあ。僕らを庇ってくれた事は嬉しいですけどね」
(この子達を守る…?偉そうな事言っちゃったな、守られてるのは私の方か…)
「…次に会った時は容赦せんぞ」
 殺気立った瞳で立ち去る播磨に武南は毒づくが、御井名は悲しげな顔で制止する。
「彼が怒るのも無理はないわ。元々は同じ役目で働いていた身、裏切ったのは私だもの…」
 その頃、誰にも見られない所で一人跪く播磨。震える手を固く握り締め自問する。
(俺は…本気で殺せるつもりだったのか?助けられたのはどっちだ…?ええい、くそッ!!)

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玻璃(ガラス)の心ft. 御井名、播磨

 坂洲達と共に前線へ出てきた御井名に、小刀を構え襲い掛かる播磨。
「学苑に、そして俺に対する裏切り…許せん。貴様だけは、この手で葬る!」
 しかし、死を覚悟して目を閉じた御井名は痛みを感じない。恐る恐る目を開けると、直前で刃先を返し自分の胸に深々と突き立てた播磨の姿があった。
「…ああ…確かに馬鹿だな、俺…。覚悟を決めたつもりだったのに、やっぱり…殺せなかっ……」
 哀しい微笑に一筋の涙を流し、播磨は崩れ落ちる。呆然とする御井名だったが、我に返り応急処置を試みる。しかし坂洲達が戦う間に彼は息絶えていた。
「…この人はね、昔のバンド仲間だったの。仲違いして解散して、この学苑で偶然再会して…でも昔の事でギクシャクして、もう昔通りに話せる事なんて無いと思ってた。なのに…
…『どちらも裏切りたくないなら、自分を裏切るしかない』…あの時もそう言ってたわ。ほんと、馬鹿ね……」

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* 毒蛇の胸中ft. 朽苗、武南

 ある作戦の際、武南・坂洲と作戦会議中、冗談を言いながら武南の胸元をポンと叩く朽苗。武南の胸にちくりとした痛みが走り、直後に体の力が抜け崩れ落ちる。
「なっ…何…!?」
「あれぇ、まだ喋れるのか。つくづく頑丈だね、用心して多めに配合したのに」
見るとその手元には小型の注射器があった。
(毒…!?)
「先輩!?克也先輩に何を!」
 食って掛かる坂洲をかわし、唐突に唇を奪う。「!?!」その口から毒液が流し込まれ、激しい目眩と虚脱感に倒れ込む坂洲。目の前が霞み、何も考えられなくなっていく。
「坂洲…!畜生テメェ、何のつもりだ…!!」
「…ただの毒じゃないよ。肉体に作用する即効性の毒に加え、霊的能力を麻痺させる作用を持つのさ。コイツの開発には苦労したよ、その為にバイトで資金を稼ぎ、君達に気付かれないよう生徒会をサボって研究室に篭った」
「…騙しやがった…のか…!?」
「端的に言えばそうだね。君達はここで眠っているがいいよ。ずっとね」
「ま…待ちやがれ……!」
 しかしその真の思惑は、武南と坂洲を始末した振りをして学苑本部に戻り、本部を騙し討ちにする事であった。本部に合流した朽苗は戦果報告をしつつ毒霧のトラップを作動させ、幾人かが倒れ本部が彼の謀反に気付いた所で宣戦布告する。
「君達の薄汚れた血を被るのは、僕だけで充分さ」

 その頃、武南は毒から醒め坂洲を起こしていた。
「……ま…、おい…坂洲!」
「……先輩…?あたし…」
「体は完全に元通りだ、一定時間で効果が切れるよう計算してあったに違いねェ。やりやがったな、野郎…俺達を足止めして一人で戦うつもりだ!」
 だが本部の精鋭は朽苗の想定より強く、返り討ちに遭ってしまう。瀕死の彼の元に、毒の効果が切れた武南と坂洲が駆けつける。
「あれ…もう来たの…?参ったな、効果時間まで間違えたかな…」
「舐めた真似しやがって…このクソッタレが!!」
 満身創痍の朽苗を思いっきりグーで殴る武南にざわつく周囲。
(トドメ…)(トドメさしたぞ…)(トドメだ…)
「話は後だ!コイツらを片付けてから、みっちり説教してやらぁ!!」
(説教って…なんだ、僕を敵とは思ってないのか…)
 武南の態度に呆れたような安堵を浮かべる朽苗。
「ま…待って!」
「あァ!?」
「奴らの…血に触れちゃいけない。恐ろしい病原体を含んでるんだ…学苑が仕込んだ生物兵器さ。僕の“武器”なら、血を流さずに倒す事ができると…思ったんだけどね…」
「何だって!?じゃあ、ぶった斬る訳にゃいかねェのか…」
「…さっき騙したばかりなのに、疑う素振りも見せないなんて…キミ達は本当におめでたいな…」
 皮肉に微笑み、まだ武南達を騙しているように振舞う朽苗だが、坂洲がきっぱりと看破する。
「だって、わざわざ教えてくれてるじゃないですか。あたし達を嵌めるつもりなら、黙って戦わせればいいのに」
「そういうこった。それにな…俺はずっとテメェが気に食わなかった、どっか信用できねぇ気がしたんだ。だが、今はそう感じねぇんだよ」
「…驚いた…キミ、鈍いようで意外と鋭いのかもね…」
「そろそろ黙れよ。テメェ如きに庇われるほど、雑魚じゃねェ事を見せてやるよ」

―――

 傷の応急処置を受けながら、ぽつりぽつりと真意を語り始める朽苗。
「僕は、嘘をつくのが仕事だからさ…正面きって戦うより、うまいやり方があるんじゃないかと思ってね…。
…僕みたいな下衆な人間は、居なくたって構わないからさ。君達が残って先へ進まなきゃ」
 そこでまたグーで殴る武南。
(け、怪我より痛い…)
「この、クソボケが!!俺の前で二度と、居なくてもいいなんて言うんじゃねぇッ!!!」
(……武南クン…)
 武南の怒りは勿論、武南達を謀った事ではなく、朽苗が己を犠牲にしようとした事に対してであった。
 朽苗は心底呆れたというように、目元を覆って呟いた。
「…うん、ごめんよ」
(参ったな…そこまで、バカだったなんて…
…もう、裏切れやしないじゃないか)

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生ける鉄壁 ft. セルゲイ

 足を負傷し倒れた坂洲。武南が駆け寄ろうとすると、学苑の戦闘員達が機関銃を構える。
「出てきたな、第二執行部の主砲。もう逃げ場はないぞ!」
(機関銃…!?なんてモン持ち出しやがる!)
「撃て!」
「チィッ!!」
 機銃掃射など刀一本で防げる筈もないが、咄嗟に坂洲を庇う武南。しかしその更に前を大きな影がぬっと遮る。
「!?」
 その直後、部屋中に降り注ぐ銃弾。武南達の盾となったその人影はセルゲイだった。
「せ、セルゲイ…さん!?」
「止せバカ、どけェ!!」
「ふう…まァ落ち着いてや、お二人さん」
「なっ…平気なのか!?」
「オレは無意味な犠牲にはならんよ。こうして出てきたのには、ちゃんと理由がある」
「う、撃ち方やめい!…何だアイツは?」
ゆっくりと敵を睨み返すセルゲイ。その背中から銃弾が次々とこぼれ落ちる。
「い、生きてる…!?何者だ、このバケモノが!」
 敵の指揮官が撃った拳銃が、セルゲイのゴーグルとヘッドホンを弾き飛ばす。そこには異形の瞳と耳、そして銃弾に破かれた服の下からは、鎧のように硬化した皮膚が覗いていた。
「そうや…オレはバケモノや。あんたがたは忘れはったんか、呑気な話やな」

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幕を引くのは ft. セルゲイ

 『完成品』達を始末する為に己が身を道連れにしようとするセルゲイ。自然の生物には存在しない、彼らだけが含有する化学物質が彼らの細胞組織を自死へと導く。そこには個々の戦闘力や頭脳が介在する余地はない。
「オレはもう、人間やない。どの道こんな生き物は居らん方がええんや」
「そんな事言うな!どうあるべきとか、どうすべきとか関係ねェよ。生きてんだろ、テメェ今!なあ!!」
「…優しい人やな、武南さん。外見(そとみ)はおっかないけど」
「テメェが言うな!」
「有難うな…でも、オレ自身がそうしたいんや。自分の行く末を考えるより、今コイツらを葬りたい。二度とオレみたいな奴が作られんように。オレの為の舞台なら、やり遂げたいやんか?」
 結局、武南の制止を振り切り玉砕するセルゲイ。止められなかった自分を責め号泣する武南。

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命の使い道 ft. 玄城

 武南と相対する要。
「私は理事長に忠義を誓った、善悪など問うつもりはない。身寄りを亡くした私にあの方は居場所を下さった…あの方がいなければ落としていた命、あの方の為に散らすのは道理ってものさ」
 要の言葉に怒りを露わにする武南。
「…アンタが理事長に恩義があるのは分かった。だが一つだけ、大きな間違いがある…恩を返すってのは、死ぬ事なんかじゃねェよ!!」
「意外とロマンチストな事を言うね。生憎だけど私は、そんな言葉で動くほど純じゃないさ」

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立ち塞がる主君ft. 玄城

 金の気を持つ要の刀は武南の霊力を無効化する。加えて部員達の力をよく知る要に武南達は苦戦する。
「武南君。君には第二執行部の主力として様々な任務を与えてきたね。だから君の事は特にようく知ってる…性格に戦い方、太刀筋から足運びに至るまでね。一方君は私の何を知っていたというのかな。前線に出る事を極力控え、本気で戦う姿を見せる事は無かった私の」
「隠れた武闘派、朽苗君。君は腹に一物抱えた奴だと思っていたけど…見立て違いかな?」
「そして未知数、坂洲君。私を含め学苑の誰も、入部当初君の重要性を把握してはいなかった。それが今やこうして最前線で活躍している。部長としては嬉しい限りだよ」
 一人一人と語らう余裕まで見せて部員達を退ける要。
「さあどうした、君達の志はその程度か。倒すべき相手はもっと先にいるんじゃなかったか」
 一度は躊躇いを見せたが、要の本気に闘志を取り戻す部員達。
「そう来なくっちゃ。まとめておいで、卑怯なんかじゃないさ」
式神・玄武を召喚する要。
「式神を従えているだと!?さすがは部長、とんでもねえな…!」
しかし要の玄武は人造の式神であり、部員達にとどめの一撃を与えるかと思われた瞬間、制御を失い崩壊する。
「所詮は作り物、本物には敵わないか…」

―――

 武南達に敗北した要。
「…お見事…。敗北は残念だけど、同門の徒として誇らしくはある…。さて、預かりものを返す時だ」
 そして要は命を投げ打ち、理事長の式神に力を与える。

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* 連なる絆ft. 文、坂洲、アリア

 地下遺跡で理事長との戦いの中、窮地に立たされる坂洲。
「そんな…折角ここまで、ここまで来たのに!
文…!!」
 崖に掴まる手が次第に力を失い、遺跡の深部へ落ちようとしたその時、坂洲の手をしっかりと握り留める手があった。坂洲が目を開けるとそこには、成長した文の姿があった。
 その横から、勾玉模様の黒猫、戻橋の使い魔イディオが叱責する。
「あれだけ言ったでしょう、文!逃げ果せれば我等の勝利、自ら戦いに赴く事はリスクでしか無いと!10年もの間、そうして耐えてきたではありませんか!」
「わかってる。私が学苑の手に落ちればこの地がどうなるか、全部わかってるよ。それでも…それでも、みこちゃんを見殺しにはできないよっ!!」
 涙ながらに必死で坂洲を繋ぎ止める文の姿がそこにあった。幼少期の面影とは少し違う、けれど間違いなくそれは、坂洲がずっとずっと探し求めてきた少女だった。
「……あ…や……?」
「ふう…。薄々そんな気はしていましたがね。貴女という人は、全く」
 呆れながらも手助けするイディオ、再会に咽ぶ坂洲と文。しかしそれも理事長の策略の内であった。
「北風と太陽…か。私に楯突く連中を泳がせておけば、闇雲に追わずともいずれ現れると踏んで正解だったよ。これ程都合よく進むとは滑稽の極みだ」
(利用されていた!?文ちゃんを助けるためにここまで来たのに、そのせいで文ちゃんが…捕まっちゃう…!?)

 その時、学苑深部から数kmを隔てたカーネギー事務所が今こそ真の姿を見せようとしていた。
「総員戦闘配備、砲撃準備よし。所長!」
コンソールを操作する先森の言葉を受けて、アリアは泰然とマイクを取った。
「手の内を明かせば敗北にも等し、第一射を外せば勝利無しと知れ。

全 門 斉 射 !!!」

 対呪ミサイル、機関砲その他カーネギー事務所が営々と作り上げてきた兵器の数々が、理事長の牙城を目掛けて一斉に火を吹いた。
(ようやく見つけた…間違う筈もない、この懐かしい波動。今あなたを助けるために、私は10年の時をこの要塞に費やしてきたの、文!!)

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懐剣ft. アリア、先森

 事務所が襲撃を受けアリアと共に退避するが、奇襲してきた敵がアリアに迫った時、それまで慌てふためいていた先森が、アリアの盾になりつつ一瞬の早業で敵に呪鋼銃を突きつける。
「…退がれ」
「嫌だと言ったら?」
 一瞬の攻防の後、敵を倒す先森。そしてアリアに触れるほど近くに立っている事を思い出しうろたえる。
「わあ、ししし失礼しました!あっ、おっお怪我はありませんかっ」
「私は無いけど…あなたは?」そっと肩の傷を指さすアリア。
「あっ…」ここで初めて傷と痛みに気づく先森。
「自分のダメージを把握する事も、怠ってはいけないわ」
「も、申し訳ありません!」
「……でも、助かったわ」

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覚悟とはft. アリア、先森

 敵の攻撃に晒される地点に残り、アリアを先へ行かせようとする先森。
「ダメよ先森、貴方では死ぬわ」
「かっ、構いません!所長の為なら命など惜しくは」
 言い終わらぬうちに、先森の頬をアリアの白い手が甲高く打ち据えた。
「自己犠牲は美徳などではないわ!生きて守る事が真の勇気よ!!私の目の黒いうちは、安易に命を捨てる事など許しません」
(…置いていかれるなんて、もう御免)

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愛しい面影ft. アリア、明

 地下遺跡に現れた文は坂洲を助け、カーネギー事務所の援護射撃に紛れて一旦地上へと退避する。そして明の像の封印を解こうと試みるが、像に変化は現れなかった。
「そんな…やっぱり無理なの?先生…」
 像の足元に涙をこぼす文だったが、追手の気配を感じて立ち上がり、坂洲と共にその場を後にする。しかしほどなくその涙の跡から静かに煙が立ち昇り、像に亀裂が入り始めていた。
 その暫く後、明は封印から解き放たれ、当時の姿を取り戻す。しかし十年もの間、封呪への対抗を続けた精神は疲弊し、意識は混濁していた。そこに、事務所からの秘密通路を通って学苑内へ乗り込んできたアリアが通りがかり、明を助け起こす。まだ状況を把握できない明だったが、追手の攻撃に呪力を感じ取り咄嗟に応戦する。そして一戦の後、アリアを気遣う明に彼女は悲しげな表情を見せる。
「私の恋人と同じ声で、そんな事を言わないで下さい…」
「同じ声…?まさか君は、兄さんの」
「ご安心下さい、私は外見や感傷で倫理境界を踏み越えるような愚は犯しません。ですが…、…」
 アリアは言葉を続けようとしたが、出来なかった。再び口を開いても、言えなかった。そしてその瞳に涙が滲み始めた時、彼女は明から顔を背け、絞り出すように呟いた。
「…失礼、忘れて下さい」

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いつかは優しい歌をft. アリア、明

復活した明と共に敵の追撃を逃れ、束の間の休息を取りつつ状況を整理するアリア。やがて話は文の事に移る。
「文を幸せにしてくれるなら、私の悲しみも少しずつ、塗り替えていけそうです…」
「幸せにって…」
「えっ、いや、結婚とかそういう意味じゃなくてですね!心の傷を癒すというか、支えになるというかですね」
 これまでの冷静さが嘘のように慌てるアリア。
(ふつうはそういう意味に取るよ…)
「…文が、あの子が…多感な時期を孤独な逃亡生活で過ごしたなんて、あまりにも不憫で…」
 妹を想い涙を拭うアリア。
「…それを言うなら君もだろう。優しい人だ」
 ポンと頭に置かれた明の手に、アリアは晴人を思い出す。
『謡、いい子だね』
 アリアはそっと明の手に触れ、とめどなく涙を流し始めた。その想いに打たれる明。
(僕が今、兄さんに代わってこの人を慰める事は簡単だろう…でもそれはきっと、この人と兄さんの誇りを傷つける事になる)
 ひとしきり泣くとアリアはぱっと明の手を離れ、いつもの冷静な顔に戻る。
「お見苦しい所をお見せしました。もう…気が済みました。あなたは晴人さんではない、もう迷う事はありません」

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積年の後悔ft. 中野

 復活した戻橋と出会う中野。
「…中野さん!中野さんですよね?どうしたんですか、そんなにガタイ良くなっ」
 突如、その場に土下座する中野。
「な、中野さん!?」
「…申し訳、ありません…!!
10年前、私は学苑に逆らえなかった…いや逆らう勇気が無かったのです。貴方を見殺しにした事を私は悔いた。許してもらえるはずもありませんが…せめてこの通り、謝罪させて下さい…!」
「…許すなんて、とんでもない」
 無表情に言い放つと、中野の傍に膝をつく明。
「感謝しかありませんよ、中野さん…!」
「……先生…!」
「貴方を責めることなど出来る筈がありません。ご家族もあることですし、巻き込む訳にはいかない」
「…家族は私のもとを去りました。腑抜けの私に愛想を尽かしたのでしょう…」
「え…」
「それもこれも私の不甲斐なさからです。しかし今度こそ、今度こそ私はお力になりたい…!」

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* 大裳の目覚めft. 坂洲

 文と戻橋の復活後、満との戦いで真の力を覚醒させる坂洲。
 皆が混乱する中、その姿を見ていた周が独り言のように語り始める。
「漸くお目覚めか。大裳の申し子、アンチスペルの血脈…不幸にして生後すぐに両親を亡くした彼女は、その出自を誰にも教えてもらえんかった。それ故に自分自身の力を開放する術を知らず道具に頼っていたが、彼女が、彼女こそが、この戦いに終止符を打つ宿命の反逆者。だからこそ宿祢くんとも縁があったのかもしれんのう…しかし彼女が友を思いここまで戦ってきたのは、生まれなど関係ない、彼女自身が築いた絆の力じゃ」
 策謀に長けた戻橋にも、それは予想だにできない事であった。
「知っていたんですか…!?」
「確証はなかったのじゃ。彼女がそうだとすればこの戦いに希望はある、しかしそう公表できるほど楽観的な状況ではなかった。隠していたようで済まんの」

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防る人ft. 先森、アリア

 一連の騒動が落ち着いた後、変装を解いて本来の姿に戻り、事務所を去るという謡(アリア)。先森は動揺し引き止めるが、謡が聞き入れる筈もない。しかし先森はいつになく強い調子で謡に迫る。
「で、でも所長…ぼぼぼ、僕が所長を守ります!一生、守りますッ!!」
 思いもよらぬ発言にぱちくりと目を瞬く謡。
「……まさかそれ、口説いてるつもり?」
 火を噴く勢いで顔を真っ赤にし、狼狽える先森。
「すすすみません!ごめんなさい失礼ですよねごめんなさい!」
 謡はいつもの慌てように呆れながらも、真剣な表情で尋ねた。
「…本気なの?」
「………、はいっ!」
 真っ赤な顔に涙目ながら、彼は強く強く頷いた。真っ直ぐに謡を見つめる瞳に迷いは無い。
 戸惑う謡の脳裏に、敵の奇襲から彼女を守った先森の姿が蘇る。
「…わかったわ。では、今後は私のプライベートをお任せするわ」

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日常という光ft. 坂洲、武南

 学年末、武南の留年が決定。学内の休憩所で雑談する坂洲と武南。
「えー、克也先輩留年なんですか?だっさーーい」
「うるっせェ、仕方ねェだろ!2ヶ月も病欠(呪による負傷)した上に色々あったんだ!そう言うテメェは単位取れてんのかよっ」
「じゃあ、もう先輩じゃないから、『克也』でいい?」
 突然呼び捨てにされた武南は思わずジュースの缶を握り潰す。
「あ、やっぱ怒り…ました?」
「い、いや…。 じゃあ俺も、み…水琴でいいか?」
「うんっ!へへ、じゃあね克也!」
 坂洲が講義へ行った後、暫くそのまま固まる武南の所へ朽苗が来てひやかし
「へ~~え、武南クンも可愛い所あるんだ~。いつ告白するの、ねえねえ」
 さっきへこませた缶を完全に握り潰しどやしつける武南。

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マスターft. 朽苗、武南、坂洲

 戦いの終焉より数年後、バーテンダーとして自分の店を構えた朽苗。その店で女性店員に絡む男性客たち。
「お、お客様…困ります」
「何言ってんだよ、こんな店で働いといて。わかってんだろ?」
 店員に手を伸ばそうとする男の鼻先を掠めて、年季の入った木製のダーツ板に矢が突き立った。
「すみませんね、ウチは女の子に手を出すお店じゃないんで。他所でやってもらえます?」
「んだと…」
 逆上しかけた男は、声の主が遠く離れたカウンターの中だった事にぎょっとし、深々と刺さったダーツの矢を恐る恐る見返す。
 店内にざわめきが広がる。(カウンターから!?嘘だろ…)(もうちょいでBULLだぞ…)(あのマスター、見かけによらずおっかねえな…)(そういやこの間も、タチの悪い客をキューでぶっ飛ばしたとか…)
 男達はすっかり覇気を失い、たじたじとその場を去る。
「大丈夫だった?」
「は、はい…ありがとうございました」
「ゴメンね、怖い目に遭わせちゃって。ウチの子の事は、僕が守るからさ」
 優しい瞳で話しかける朽苗に、怯えていた女性店員も表情を和らげる。
 落ち着きを取り戻した店内に二人の客が訪れる。それは大学を卒業した武南と坂洲であった。
「いやあ、久しぶり!元気だった、水琴クン?大人っぽくなったね~。で、そっちは誰?」
就職のため髪型をまともにした武南「…」
坂洲「えっ、あの、か…いや武南さんですけど」
朽苗「あーそっかぁ!で、それって誰だっけ?」
武南「オイ!」
ひとしきり冗談を言うと朽苗は武南の前に一杯のカクテルを差し出す。
「キミの事だから知らないだろうね、このカクテル」
「何だよ!…知らねェけどよ」
「ハネムーン。僕からのお祝いだよ」
「ハネ…、
 !テメェ、なんで!」
「し、知ってたんですか?今日はそれを報告しようと思って…」
「僕の情報網をなめちゃ駄目さ。浮気なんかしたら筒抜けだからね?」
「するか!」
武南の何気ない切り返しに思わず照れる坂洲、それを見て自分の言ったことに気付く武南。その様子を見てニヤニヤと冷やかす朽苗に武南が怒鳴り返し、そこにはごくありふれた若者達の、幸せな時間が流れていた。
「おっと、もう一組のカップルがご到着みたいだよ」
「あっ、文ちゃん!文ちゃーん!」
笑顔で坂洲に手を振り返す文の後ろには、これまた何年経っても変わらない、ものぐさ教師・明の姿があった。

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