STORY

TrinoRogue(トリノローグ)

概要
家族を失った少年と、恋人を殺めた女戦士と、親友を殺さねばならない青年の物語。

この世界には、社会を形作る“維持者”と、稀に存在する異能者“戦士”という二つの人種が存在する。戦士には混乱を呼ぶ者もいるが平穏を愛する者もおり、後者は“冒険者”と呼ばれ、実名の他に通り名を持ち、維持者の力の及ばない荒事を引き受ける。その多くは各々の能力を活かす為、仲間と行動を共にする。主人公らもそうしたパーティの一つである。
※TrinoRogue(※造語):trino(三つ組の)+rogue(ごろつき)/logue(物語)
2000.06.13-
人物

レイジ(Rage)/15歳/男

直情径行型熱血少年魔法士。
自身の能力の暴発により家族を失った過去がある。
ケンカっ早く手の早い、騒がしいコドモ。所構わず魔術をブッ放そうとするので「非常識な」とクライトに止められ、口論になった所をヒースに脅され二人共静かになる、というのが常。
その魂の内に“破壊の権化”と呼ばれる黒き竜を封印された禁忌の子。彼を引き取った家族はその事を承知の上で彼に愛情を注いだが、ある日、暴漢から家族を救おうとした彼の感情に呼応して黒き竜は暴走し、暴漢もろとも彼の家族を消し炭にしてしまった。
今は自身の精神力と額の呪法装具によって竜を強固に封印しているが、封印が解かれれば再び暴れ出す可能性もある。
自分の力が家族を死なせた事を逃げもせず捉えていて、家族に代わる人の絆を切に求めている。その言動は時に気恥ずかしい程正直で、時に痛々しい程に純粋。何かと感情が先走るため冷静な思考は望めないが、感性や勘は意外に鋭い。
「時々…、いくらオレがお前らの傷を治しても、すごく虚しいことみたいに思うんだ。だってお前らのホントの傷は、オレの知らない所にある」
※rage [英]…憤怒、猛威、熱望、荒れ狂う/語源:ラテン語「狂気」
レイジ(通常時) レイジ(暴走時) レイジの服

クライト(Krait)/22歳/女

男気質頑固生真面目女呪法闘士。
18の頃、仕事で恋人をその手にかけざるを得なかった辛い過去を抱える。
女性らしさを感じさせない精悍な風貌の戦士。禁欲的で内罰的、真面目な余り融通のきかない所がある。酷な事でも依頼の為、目的の為と割り切って遂行しようとするが、内心には罪の意識を抱え続ける繊細な一面がある。
物事を素直に捉え受け入れる事ができるレイジ、物事を合理的に捉え時には受け流す事ができるヒースを、それぞれ羨ましく思っている。また頭も決して悪くはないのだが、ヒースが切れすぎるため霞んでしまっている。
「やめてくれ、殺さないでくれって言われると、内心ホッとする私がいるんだ。死にたくないと願うのは、まともな生き物の証拠だから」
「…人殺しであるのは私も同じだ。ただ私は、そうして永らえた命を自ら手放す事こそが彼らへの最大の侮辱だと思っている」
※krait [英]…アマガサヘビ(コブラ科の夜行性猛毒ヘビ)
クライト(顔) クライト(全身)

ヒース(Heath)/26歳/男

頭脳明晰自称短気万能魔法剣士。
唯一無二の親友といずれ殺し合う宿命にある。
物事は可能な限り円滑・穏便に進めるのが信条で、その障害となるものは反射的に取り除こうとする癖がある。だがレイジやクライトに出会ってからは、その「障害」もある程度楽しむようになってきている。自分の失くしてきた純粋さ、不器用さを持つ二人を好ましく思っている。生まれた時から家族は無く、今では思想を違えてしまった親友ディールだけが、兄弟のような存在だった。
昔はサイプレス(Cypress)と名乗る殺し屋で、シーダやディールと共に仕事をしていた。
「こう見えても僕、結構短気なんですよ。そうですね、もし貴方が剣を下ろさないなら、その剣ごと真二つにしてしまうくらい」
「シーダ…僕はもう、殺し屋のサイプレスには戻らない。今更だけど、命の重さってやつを知りたくなったから」
※heath [英]…(1)ヒース(紫・白またはピンクの釣鐘形の小さな花の咲くツツジ科エリカ属の常緑低木)/(2)(ヒースの茂る)荒地、荒野/heathen…異教(徒)の、不信心の
※cypress [英]…イトスギ(この木で棺を作った事や、一度切ると二度と生えない事から喪の象徴とされた)
ヒース(顔) ヒース(全身) ヒース(顔)

シーダ(Ceder)/年齢不詳/女

憂いを含んだ物静かな女性。ヒースの、というより「サイプレス」の、かつての仕事仲間。仲間を抜け敵対的な立場になってしまったヒースの身を今も案じており、時折助言や手助けに現れる。しかし、ヒースはもう彼女の仲間に戻ることはないと言い切る。
※ceder [英]…(1)ヒマラヤスギ(ヒマラヤスギ属の樹木/スギ、ビャクシン、ヒバ)/(2)ヒマラヤスギ材
シーダ(顔、全身)

ディール(Deal)/20代/男

ヒース(サイプレス)の「親友」。幼い頃から共に育ち思想を共有する無二の存在であったが、殺し屋でありながら人の命の重さに気付いたヒースを彼は許せなくなり、次第に敵対していく。今は遠く離れているが、二人が各々の道を行く限り、いずれ決着を付ける時がやって来る。
「生き物は命を喰らうもの、生きることは殺すことだ。その業から自分だけ逃れたいなんて偽善野郎は虫酸が走る!生まれたからには、殺す覚悟を決めやがれ!!」
※deal [英]…モミ(マツ)材

メイプル(Maple)/60~70代/女

ヒース(サイプレス)、ディール、シーダなどが所属していた非合法戦士組織「Forêt Noire(フォレノワール)」の中心人物。現在は有能な人材を集めて更に大きな組織を作り、裏社会で権力を得ようと画策している。新たな組織の名は「Kirschtorte(キルシュトルテ)」。
※maple [英]…カエデ、カエデ材
※Forêt Noire [仏]…(1)ドイツ南西部の山脈(シュヴァルツヴァルト)/(2)J・R・R・トールキンの小説『ホビットの冒険』に登場する架空の森「闇の森(Mirkwood)」/(3)ドイツの菓子、チョコレートとサクランボのケーキ「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(独:Schwarzwälder Kirschtorte)」

チェリイ(Cherry)/10歳前後/女

メイプルの新たな組織「キルシュトルテ」の鍵となる最年少の人員。無垢なる凶人。外見上は無邪気な子供にすぎないが、精神魔術の扱いに長け、黒い仕事を心から楽しんでいる。
※cherry [英]…サクラの木、サクラ材

ストレイフ(Strafe)

魔術使いではないが、銃器・火器類を自在に操り魔術に匹敵する程の力を見せる。短絡的で好戦的、すぐに過激な行動に出る危険人物。
※strafe [英]…地上掃射

設定

魔術について

「魔術」とは精神力で構成される超常の力、精神力によって引き起こされる現象。その力は遥か古代より伝わる呪術文字によって導かれ、精神から昇華して物質世界に干渉する。多くは発現に際して魔法陣を生じ、そこから導かれる。効果範囲等により魔法陣の大きさは様々。魔術を発現するには大きく分けて「魔法」と「呪法」という二つの手段があり、「呪法」は更に「直接呪法」と「間接呪法」とに分かれる。
魔術の区分

黒き竜


魔力を込められた道具


エピソード
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降り注ぐ哀悼の雨

 シーダはメイプルの組織に身を置きながら、組織員として作戦行動する姿は殆ど見せず、度々ヒースに接触していた。そしてレイジ一行が組織との決戦に向かう直前、シーダはヒースに黒い宝石のペンダントを託す。
 「止める事はできないのね、ヒース。でも私は、貴方とは戦いたくない…。」
 それが旧友シーダからの餞別と感じたヒースは、悪意無きものと信じ身に着けて組織のもとへ向かう。

 組織の深部ではメイプルがシーダを労っていた。
「よくやってくれました、シーダ。離反したと見せてヒースを謀り、死の宝石『黒紗の喪章(トラウアフロール)』を持たせる事に成功しましたね。今こそ、長い時を掛けて我が組織員達が魔力を注いだ『哀悼の雨(トラウアレーゲン)』の力を解き放つ時。天空へ向けて魔力の矢を放てば、それは無数に分かれ、『黒紗の喪章』を持つあの者達に降り注ぐでしょう。街中で扱えば混乱を呼びますが、彼らが街を離れ、人里離れたこの森へ向かっている今が好機。さあ射つのです、シーダ」
 力を蓄えて光り輝く魔弓『哀悼の雨』がそこに据えられていた。シーダはゆっくりとそれを手に取り、巨大な魔力の矢を天空へ放つと、静かに語り始める。
「ミス・メイプル…私は嘘を吐きました。『黒紗の喪章』はこの魔弓の的ではなく、降り注ぐ矢から持ち主を守る物なのです」
「…何…ですって?」
「『哀悼の雨』が狙うのは『黒紗の喪章』ではなく、その射手です。本来『黒紗の喪章』は『哀悼の雨』の一部であり、射手の傍に置くべき物です。でなければ矢の雨は、森ひとつ分にも渡って降り注ぎ、射手とその周りの全ての命が絶えるまで止む事はないでしょう」
 その間にも放たれた魔力は無数の矢に姿を変え、下界目指して降り注ぐ。
「感じていました、貴女に初めて会った時から。この人を、この悪意を、必ず葬り去らねばならないと。私一人の力で成せないならば、何を利用してでも成し遂げると。貴女に仕え組織に忠誠を尽くした日々は、全てこの日の為、組織の力で強化されたこの魔弓を射る為にあったのです」
「なんてこと…謀られたのは私の方だったと…?この私が、貴女のような小娘の謀を見抜けなかったというの…?そんな…そんな…」
 やがて豪雨のような音が響き、山も森も組織の建物も突き抜けて、鈍色の矢が降り始める。強大な魔力を誇るメイプルは防御魔術を駆使して懸命に防ごうとするが、矢は尽きることを知らず、次々に防壁を突破して遂にその心臓へ到達する。そして、それを見届けたシーダにも。

 一方、森の中を進むレイジ達の所にも魔力の矢は届き始めていた。しかし自分目掛けて降ってきた矢が弾き飛ばされたのを見たヒースは、『黒紗の喪章』が守護の意思を湛えている事に気付き、これが矢の雨から身を守る物だと直感する。そして同時に、これを手放したシーダが命を捨てようとしていることも。
「レイジ、クライト!僕の傍から離れないで!」

 組織に近付くほど、矢に貫かれた組織員達の亡骸は増え、敷地内は死屍累々の惨状であった。そして中心部へ到達したヒースは、メイプルの傍に横たわるシーダを発見する。
「シーダ、貴女は最初から…たった一人で、復讐を果たすつもりだったのですね…」
 シーダの真意をようやく知ったヒースは力なく彼女の傍に跪く。
「…悪い人ですね、シーダ…僕を騙すなんて……。」
 笑うことのなかったシーダの顔には、初めて見る穏やかな微笑が浮かんでいた。

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ギガントの戦士

 敵が雇った傭兵は身の丈5mを越す巨人族(ギガント)だった。話には聞くが非常に稀な存在で、無論クライトにとっても初めての相手であった。一瞬戸惑うクライトだがすぐに気を取り直し相手を見据える。「どれほど的が大きかろうと、関係ない。持てる力を尽くすのみだ!」
 果敢に多段攻撃を仕掛けるクライト。連撃により呪法が発動し巨人族の腕にヒットするが、かすかな痕を残したに過ぎない。
(硬い…!通常攻撃では歯が立たない。急所を探すしかない)
「ふむ…儂を後退りさせた者は久方振りだ。しかもそれが人間の女戦士とは剛気なことだ。礼を以て御相手しようぞ」
 巨人族の打撃は大振りだが圧倒的な質量がある。クライトは俊敏に避けつつ弱点を狙う。
(関節…、腱…、神経…、それに炎)
 炎と衝撃波を纏った突きが巨人族の肌を灼き、巨人族は初めて幾らかのダメージを受けたように見えた。
(そして、目!)
 巨人族が怯んだ隙に跳び上がり目を狙うクライト。だがその背後から迫る物があった。クライトがその風圧に気付いた直後、彼女の上半身は巨大な手に握り締められていた。
「な……!?」
「…儂にはお前さんのような多彩な技も素早さも無い。しかしただ単なる力こそが、それに勝る事もあるのだよ」
(う、動けない…印すら組めない…なんという力…!)
 身体の動きで呪法を発動する呪法闘士にとって、肢体を動かさずに行使できる手段は限られている。
「強き戦士と出会えたのは喜ばしいが、儂も仕事を果さねばならぬ。悪いがこのまま潰れてもらう」
 巨人族はそう言うと両手でクライトを捉え、握り潰さんと力を込めた。
「……く、ううッ…!!」
「驚いたな…人間とは思えぬ頑丈さだ。これが呪法闘士の装甲か」
 刺青と呪符、念による防護結界が辛うじてクライトの肉体を支えていた。しかし呼吸も儘ならぬ程の圧迫に、骨は軋み臓腑は悲鳴を上げていた。
「心ゆくまで仕合いたい所だが、仕事は仕事だ。…死んでもらおう、お嬢さん」
 巨人族が気合の声を上げ闘気を立ち上らせると、小山のような筋肉がさらに隆起し、巨大な拳を膨れ上がらせた。
「あ゛……があああぁああッッ!!」
 不吉な音が鳴り響き、哀れな獲物の致命傷を知らせた。巨人族が手を開くと、力を失った闘士の肉体が地面に崩れ落ちた。
「安らかに」
 巨人族は短い祈りを捧げると踵を返した。しかし、未だ消えぬ闘志を感じ取り足を止めた。
「…………ま……だ、…だ………」
 クライトの左腕は歪に折れ曲がり、右手の指も折れ、脚は力なく地に伏し、口元からは夥しい血が流れていた。それでもなお、立ち上がろうとしていた。今にも絶えそうな息の下、気迫だけが爛々と輝き溢れていた。
「…残念だ、まことに残念だ。できることなら存分に拳で語り合いたいものだ。敬意を表し、介錯を務めて進ぜよう」
 巨人族は燃える鋼のような闘気に身を包み、ゆっくりと構えを取った。
「勇敢なる戦士よ、さらばだ」
 巨大な体躯が、その光り輝く拳がクライトに迫る。
(勝算などない…それでも命ある限り、退きはしない。もとより選択肢は只一つ、闘うのみ)

 その時、クライトの目前に迫った巨大な拳が、止まった。
(……?)
 最早視点も定まらないクライトには、巨人族の勇猛な闘気が途絶えた事しか感じ取れない。

「ま、間に合った…?」
「クライト!!」
 力を合わせて石化魔法を放ったレイジとヒースがそこにいた。強大な肉体を石化する高度魔法を放つには時間を要し、遠方に陣取るしかなかったのだ。精神力を消耗し息を荒くするレイジ、急いでクライトに駆け寄るヒース。
「………ヒ……ス…?」
「喋らないで、クライト!…手足と肋骨と腰骨が砕けて、肺と肝臓が潰れていますよ。よくこれで動こうとしましたね」
 驚嘆半分、呆れ半分の表情で治療を急ぐヒース。遅れて駆け寄ったレイジは、クライトが命を取り留めた事に安堵する。
「……私は…負けた……」
 正々堂々、純粋な力の勝負で敗北したのは、久々だった。
 命が絶えかけたというのにそんな事を言うクライトに、ヒースは溜息をつく。
「でも、そうして貴方が巨人族の全神経を引きつけてくれたお陰で『僕達』は勝てた。一人で勝つ必要などありませんよ、僕達はチームです」
(…そういう…意味じゃないんだ…)
(孤高なる巨人族の戦士。強いだけでなく、義を備えた誇り高き戦士だった。それを私が不甲斐ないばかりに、騙し討ち同然にしてしまった……強くなりたい、もっと。もっと)

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幼き日の決意

 孤児のシーダを拾い育て魔法を教えた師匠(当時40~50代男)がいた。彼らの暮らす村はある夜突然、魔物の群れに襲われ炎上する。
「逃げろ、シーダ!」
「嫌です師匠!私も戦います!」
「バカ野郎、足手纏いだって言ってんだ!」
 言い争う間にも師匠は攻撃され深手を負う。瀕死の師匠に縋りつくシーダ。
「…シーダ、逃げろ…。逃げて、生きろ…!」
 そんなシーダに声を掛ける女がいた。
「まあ可哀想に。いらっしゃい、お譲ちゃん。私が守ってあげる」
 悲痛の涙でその影を見上げるシーダ。炎はますます燃え盛る。

 シーダを助けたと見せて仲間に引き入れたその女がメイプル。師匠を襲撃した際、魔法の才を持つ少女に気付き連れ出したのだ。まだ年端もいかないシーダにメイプルを恩人だと刷り込む事は成功したかに見えたが、実はシーダは全てを見抜いていた。そしてその時から、彼女は決意していた。
 今は勝てないが、何年掛かろうとも、誰を欺こうとも、必ず復讐を遂げると。メイプルとその悪意のすべてを葬ると。

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ヒースの危機

 素早い細剣から拡散する魔術を放つ難敵と闘うヒース。
(これ以上、周囲を破壊させる訳にはいかない。手っ取り早く、武器の動きを封じるには…)
 敵を誘って腹部を貫かせ、動きが止まった隙をついて胸元を斬り払うヒース。だが倒れた敵は「クク…そう来ると思っていたぞ。確実性の為なら一時の傷を厭わない、後で治せば良いというその自信…しかし、それが命取りだ。この刃を受けたら最後、どんな魔術使いも治せはしない…!」と不敵な笑みを残して息絶える。
 戦闘後ヒースは、治療魔法を掛けても傷が治らない事に気付く。そしてその剣に「傷付けた箇所に対し治療魔術を無効化する」という特殊な呪法が施されている事を知る。
 急所は外れているものの、深い傷は確実にヒースの血と生命力を奪っていく。どうすればいいのかと焦るレイジとクライト。
「ひとつ、方法があります…それにはレイジ、君の助けが必要です」
「オ、オレ?」
「この傷は治療魔術を受け付けません。しかし攻撃魔術ならどうでしょう」
「!?」
「まず、この呪われた患部を焼き払います。そしてその直後、レイジ、君が治療して下さい」
「何だって!?」
「呪術を受けた部分が消滅すれば治療魔術が効く筈です。そうだとしても傷の再生が間に合うか、正直な所、成功率は三割といった所ですが…やらなければ、ゼロです」
落ち着いて話すヒースだが、その顔色は刻々と悪くなり、最早時間が残されていない事は明らかだった。
「…やってくれますか」
「やるしか…ないじゃんか!!」
瞬時に戸惑いを捨て、猛然と精神統一を始めるレイジ。その素直さにヒースは感謝する。他者を治療する術を持たないクライトは無力感に耐えていた。
力ない手で、それでも確実に攻撃範囲と威力を調整していくヒース。
「いきます」
「おお!」
魔法陣と閃光が輝き、ヒースが己の身体に大穴を穿つ。一瞬の苦悶、そして血が噴き出すよりも早く、レイジの魔法陣が光り輝く。
「いっっけえええええええ!!!」
(難しい事はわかんねえ…ただ念じるだけだ、あるべき姿に戻れ、あるべき力を取り戻せ。早く、早く、早く!!命が尽きる前に、早く!!!)

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解かれた心

 異空間を操る呪法使いに囚われたヒースとクライト。二人は為す術無くレイジの戦いを見守るが、レイジには二人の姿や声は届かない。呪法使いは嘲るようにレイジを挑発する。
「何故、そこまでして戦う?何のために?」
「何のためだって…そんなもん、あるか!
オレは、あいつらが好きだ!大好きだ!だから絶対に、死なせない!!それだけだッ!!!」
 その言葉にクライトは、ずきりと胸が痛む思いがした。

―――

 勝利し傷付いたレイジに駆け寄るヒースとクライト。クライトはレイジを抱き起こし、真正面から彼を見据えた。
「レイジ、私は君に謝らねばならない事がある。
私はずっと君達の事を、ただの仕事仲間と思ってきた。戦士に心は不要だと。人と心で結び付けば、いずれ傷付く日が来ると。
だが君は違った。家族を失い、別離の苦しみを知りながら、それでも君は心の絆を結ぼうとした。それこそが強さだ、レイジ。そして、それに応えなかった私は不義理だ。
今から…今からでも、本当の友になってくれるか…?」
 クライトは身を切る程の自責の念に、逃げることなく向き合っていた。レイジはその純粋さに感嘆する一方で、彼女のそんな表情を見たくはなかった。
(そんな泣きそうな顔、するなよ…。)
「…なに言ってんだよ」
 素っ気なく呟いたレイジに、不安を隠せないクライト。
「今から、だって?オレは一番最初から、友達になろうって言っただろ!」

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戦士を揺るがすもの

レイジにわだかまりを打ち明けた後、クライトは次第に丸くなり、素直で自信と余裕のある生き生きした表情を見せるようになる。自らを責め続けた重い心の枷から解放されたのだ。
そんなある夜、野営地で見張りの交代に来たヒース。レイジが熟睡しているのを確認すると、寝床に向かおうとしたクライトを軽く呼び止め、突然その唇を奪う。言葉も出せず狼狽するクライト。
「やはり優しい人ですね。咄嗟に振り払えば僕に怪我をさせてしまうと、反射さえ抑えてくれたのですね」
「……質問に答えてくれ。今…何をした…?」
震える手で口元を覆い、必死に平静を取り戻そうとするクライト。だが早鐘の鼓動は治まらない。
「…あの異空間使いと戦った日。覚えていますね」
「……?」
「あの日、貴女が心を取り戻した時。僕も取り戻した物があったのですよ」
「??」
「それは、」
クライトを抱き寄せ、耳元に囁くヒース。

「嫉妬です」

「……!??!?」
「僕もずっと貴女の事は好ましく思っていたのですよ。辛い過去を胸の奥に隠し、凛とした戦士であろうと強がる心は硝子細工の様に美しい。ただそれが男女の情だとは思いませんでした。しかしあの時、貴女の心を動かしたのが僕でなくレイジだった事に、確かに僕は嫉妬したのです。
ですが僕は、レイジと争いたくはない。
だからここで貴女を奪うのです。彼が恋心を持つ前に」
「………………!」
かすかな風切り音が響き、ヒースの手はクライトに阻まれた。
「…ダメ、ですか」
「何を…何を言っている…どこまでが本気なんだ、ヒース…?」
「…」
どこか寂しげに微笑むと、手を離し身を引くヒース。
「冗談ですよ」
残されたクライトは、かつてどんな強敵と戦った時よりも動揺していた。
(あれはヒース、確かにヒースだ…偽物でもないし、正気を失った訳でもない。なのに何故あんな事を?冗談?冗談だって?あのヒースが?)
混乱を鎮められないクライトは壁にもたれ掛かり、そっと古傷に手を触れる。
(私が愛したのは、あの地に眠る恋人だけ…只一人、彼だけのはずなんだ…)

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ディールとの決着

 ヒースのもとに、ディールから決戦の申し出が届く。独りで約束の洞窟に向かおうとしたヒースを引き止め、断固として同行を主張するクライト。
「各々が望む決着を付けることに手出しはすまい。だがもし、正々堂々の勝負が妨げられ、仲間の誇りが損なわれようとするのなら見過ごせない」
 しかし指定の場所に到着すると、ディールは周囲に罠を張り魔物をけしかけようとした。クライトが邪魔者を排除するべく駆け出した時、その後頭部から背骨にかけて、痛烈な雷撃が彼女を打ち抜いた。
「………!!!」
 叩き落とされたように倒れるクライト。全身が痙攣し、意識はないように見えた。
「…ははッ、やった!あの厄介な呪法闘士を一撃で沈めたぞ!即死でないのが驚きだが、数時間は動けんはずだ。今日この時、何人たりとも俺達の間に入る事は許さん…そうだろうサイプレス。いや、『ヒース』」
「……彼女は、…彼女こそ、その邪魔者から僕らを守るために来てくれたんですよ」
 ヒースの声は、ディールに向けたとは思えないほど小さかった。思わず聞き返すディール。
「なに?」
「ええ勿論です、僕だって邪魔者は許さない…」
 そこまで言った時、その声の凍りつくような怒気がディールを一瞬たじろがせた。
「けれどそれ以上に、あなたを許さない。たった今、その理由が一つ増えました。お望み通り仕合うとしましょう、ディール」

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闘いは苛烈を極め、ヒースは片足を失った身体で必死に攻撃を防いでいた。
(強い……!
 でも…
 僕はおかしいんでしょうか、こんな時に、友の成長を嬉しく感じてもいるなんて)
「どうした、お荷物がいちゃあ本気が出せないか」
「…なんの、事ですかね」
 治療魔術で足を再生しながら、防戦一方のヒース。その背後遠くにクライトの姿があった。雷撃に打たれたクライトは意識を取り戻していたが、神経に負ったダメージは大きく、まだ体の大部分が麻痺し、声を出すこともできない。
(お荷物…
 私のことか……)
 仲間の決意を邪魔させたくない一心で同行したのに、自分が邪魔者になってしまうとは。
 いまヒースにあれだけの苦戦を強いている一因が、私なのか。
 なんたる無力感。
 地面に張り付いたままの頬にただ涙がこぼれた。まだ痙攣の続く指先が、わずかに握られていった。

 幾十、幾百と、魔法剣エピデンドルムから放たれる光の槍を凌ぎ続けるヒース。ディールの魔力は尽きる事を知らず、その威力はなおも増していく。
(まだだ…)
 重傷を負っては治し、逃げては傷つき、繰り出す攻撃も牽制程度にしかならない。その立場は圧倒的不利に見えた。しかし彼の頭脳の奥には、知られざる神算が渦巻いていた。
(まだだ、倒しきるにはまだ足りない)
「なんだ、つまらないな。俺と違う道を歩み、どんな化物になって来たのかと思えば、腑抜けただけか。
 残念だよ…残念だ。それなら終わりにするまでだ」
 エピデンドルムの切先に、極大の光槍がずらりと並ぶ。誰の目にも決定的な絶望であった。
「さらば、友よ」
 光の槍が次々と放たれヒースを追う。最初の数本を退けたヒースだが、立て続けに襲い来る圧倒的破壊力に渾身の魔術防壁もみるみる削り取られ、ついに最後の槍がヒースの半身を大きく穿った。
 勝利を確信するディール。
 声なき声で叫ぶクライト。
 頬から肩、胸にかけて、ごっそりとその身を抉り取られたヒースは紙人形のように宙を舞い、

に、と笑った。

「!?」
 瞬間、ディールは異変に身を固くした。いや、動けなかった。時間が止まったかのように、全身が動かない。一方ヒースの半身は魔法陣に包まれ、恐るべき速度で再生されていく。
「なん…だと……!?」
 ようやっと上体を起こしたクライトの眼前にも、防護結界が立ち現れた。
 そしてヒースの背後に、一つ、また一つ、光の槍が輝き始めた。あっという間に洞窟を埋め尽くさんばかりにひしめく、それは紛れもなくエピデンドルムの光槍であった。
(間に合った………!
 ラナンキュラスの潜在詠唱により、悟られぬよう呪法を練り上げ、ディールの魔力波を充分に受けた。致命傷の自動修復もどうにか機能した。クライトにも防壁を張る事ができた。危険すぎる賭けだったがディール、僕の勝ちだ)
『反転せよ。
 放たれた力は、放った者へ。
 与えられた痛みは、与えた者へ。
 反転せよ――
 因果転環、逆事象時計(クロノス・アペナティ)』
 果たして破壊の光槍は、その主のもとへ一丸となって駆け戻る。ディールも強固な魔術防壁を張り巡らしてはいたが、他ならぬ自身が放った大量の光槍はその耐久量を遥かに凌駕していた。ディールの体は、光槍を放ち始めた時点に向かってゆっくりと『巻き戻されて』ゆく。意のままにならないその肉体を光の槍は容赦なく蹂躙する。つい先刻ヒースに刻まれた数多の傷が、そっくり同じに刻み込まれていく。足、背、腕、そしてついには、半身をもぎ取られたディールの体が地面に転がった。

 静寂が戻った洞穴に、荒い息遣いが響いていた。
 ラナンキュラスを杖代わりに、頭を垂れて跪くヒース。肩口から失われた腕は、ようやく指先まで再生されたところだった。今まさに黄泉から還った、そんな目が、解けた髪の間から覗いていた。その眼光がディールの姿を捉え、もう起き上がらない事を確かめると、次にクライトを振り返った。受けた攻撃の威力を考えると驚異的なことだが、彼女は座り込む体勢が取れるまでに回復していた。それを見たヒースは、やっと普段の穏やかな表情を取り戻した。
 立ち上がろうとして、ヒースは思わず体勢を崩す。
 ぱきん、と音を立てて、ラナンキュラスに亀裂が入り始めた。
「ラナンキュラス……
 …よく、やってくれました」
 高度呪法の多重使役、そして『逆事象時計』による負荷が、不滅の魔法剣にも限界を招いたのだ。ラナンキュラスは光り輝く破片へと姿を変え、その光も瞬く間に掻き消えた。

 ヒースはディールのそばに歩み寄り、その無惨な姿を見下ろした。
(まだ、生きている…いや死ねないでいる、のか)
 多重に仕掛けられた自動治療呪法が、生理的限界を越えてディールの命を繋いでいた。しかしそれも長くない事は明らかだった。
「……俺の、負け…か。
 …
 貴様はまだ…殺しだけが道ではないなどと、甘い事を吹いているのか」
「ええ、これからも吹き続けますよ。でも」
 ヒースはふらつく足取りで、傍らに転がるエピデンドルムを持ち上げた。
「あなたにはここで引導を渡します。さようなら、ディール」
「………」
 ディールの虚ろな目には、穏やかに微笑むヒースが映っていた。長い髪を垂らしたその顔は、共に過ごした若き日とまるで変わらない。ただ一つ彼が見たことのないものが、涙に潤んだヒースの瞳が、そこにあった。
(なんだ…最後に、そんな)
「…見たくもねえ」
 惨たらしい音がディールの頭部を二つに割った。ヒース自身の感傷を断ち切るように突き立てられた大剣は、さながら墓標であった。
「……さようなら」

 異変にいち早く気付いたのはクライトだった。微かな振動と地響きが近付いてくる。熾烈な魔術攻撃を無数に受けた洞穴が、崩落を始めたのだ。
「…ヒース…、ヒース!」
 声は出せた。だが、ヒースには届いていないようだった。
(崩れる…
 このままだと、生き埋めか…
 …それも悪くない)
「ヒース!!」
 クライトは動くようになった手で印を組み、呪法を駆使して強制的に体を動かし、ヒースの方へ駆け寄った。その姿を認めたヒースは静かに目を閉じた。
(彼女は強い。動けるならば、この程度で命を落とす事はないだろう。
 …僕は、もういい。もう、生きてやるべき事もない)
「ヒース、急ぐぞ!ヒース!?」
 まだ力の入らない体で懸命に駆けつけたクライトを、ヒースは見てもいなかった。その時、にわかに地響きが大きくなり、ばらばらと土が降り掛かったかと思うと、すぐ近くに大岩が落ちはじめた。
「ヒース…」
 言いかけた唇を固く結び、クライトは瞬時に気を練ると、刺青に施された急速治癒呪法に全精神力を注ぎ込んだ。そうして束の間の活力を得るが早いか、ヒースを抱きかかえ地を蹴った。

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 山の一部が崩れ、広大な洞穴はあらかた埋まってしまった。その外に、間一髪ヒースを運び出したクライトの姿があった。
「助けてくれたんですか…僕の命は彼を倒すためだけにあった、今となってはもう必要ないのに」
 ぼんやりとそう呟くヒースにクライトは強烈な張り手を食らわせ、「馬鹿野郎!」と一喝する。やっと身を起こしたヒースは再び地に伏す事になった。
「勝手な事を言うな!命が要らないだと?私達にとっては要るんだ!その命が、無二の仲間が!!」
 荒々しくヒースの襟元を掴むクライト。昂る感情に次の言葉を紡ぎ出せずにいたが、その目にうっすらと滲む涙がそれ以上を語っていた。何も言えないまま手を放すと、ヒースに背を向けて小さく呟いた。
「…あの日の言葉も…冗談で済むと思ったら間違いだ」
(……。
 参ったな…命を拾ってしまった上、そんなことまで…。僕は討死を決めていたから、諦めるつもりだったのに)
 打たれた頬にそっと手を当て、クライトの後ろ姿を呆と見つめるヒース。じんじんと痛む頬の奥には、打撲とは別の熱が宿っていた。
(…諦めきれなく、なってしまうじゃないですか)

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