MACHINE GUN GUILTY
概要
科学技術が花開く近未来都市。しかし、華やかなる繁栄の影には必ず罪と悪意に満ちた暗部が生まれる。光の世界に生きられなかった者達は生きるため身を寄せ合い、数多のグループが形成された。彼らの多くは武装し、他者から奪うことしか生きる術を持たない。そんな影の中で、戦い傷つきながらも生きる道を探す若者達の物語。1996.12.07- / 2016.04.17-
※本作品は動物名をキャラ名に使用していますが、某フレンズとは一切関連ございません。原案は1996年になります。
組織と構成員
Scar Beast (スカービースト;手負いの獣)
主人公らが属する組織。心身のどこかに「傷」を持つ者達が、牙を研ぎ、生きる力を得るために寄り添う場所。組織員は動物の名前をコードネームとする。無目的な戦闘行為に明け暮れる小さな武装集団が溢れていた裏社会で、表社会からドロップアウトした人間にも安寧に生きる道があるべきだとし、自分達なりの秩序を作ろうと立ち上がった人物が初代ボスのレオ。彼とヒッポ(建築技師・メカニック)、プレッジハウンドから流れてきたキシュウの3人が手を組み結成された。
「生きること、生きる道を作ること」が元来の理念であり、人を生かす生業のサイガと、仲間の死を見たくないと切望するディンゴが中心的な存在となっていったのは一種の必然といえる。
廃ビルの一角に隠れたアジトは内部に複雑な機構を持ち、今なお改造が進められている。その真の姿は移動要塞である。
scar[英]…傷跡、心の傷
Pledge Hound (プレッジハウンド;誓いの猟犬)
元々は任侠の志によって団結しようとする小規模な組織であったが、組織が拡大するにつれてその思想は薄れ、醜い掠奪行為や内部抗争が頻発。遂にはクーデターを起こして分裂し、幹部マスチフの名誉を守る為にキシュウは脱退。新幹部らに舎弟が付き従う形で構成されたそれぞれの組は卑劣な愚連隊へと成り下がった。第二世代ボルゾイ組の幹部補佐であったドーベルマンはキシュウと三人衆との一件の後、キシュウ追放の顛末を知り、腐敗した第二世代幹部を倒して組織本来の思想を取り戻そうと発起する。彼らにより第二世代の幹部達は倒され、構成員達は一から鍛え直され、新生プレッジハウンドとして生まれ変わる。
そして新生プレッジハウンドはキシュウと共にドミナント・エイプとの決戦に臨む。
第一世代幹部 |
マスチフ、キシュウ、グレイハウンド |
第二世代幹部 |
サモエド、ボルゾイ、ダルメシアン |
第三世代幹部(新生プレッジハウンド) |
バーナード、ハスキー、ドーベルマン |
決戦後の幹部 |
ドーベルマン、アキタ |
「背中を誇れ」
「仲間の前に立ち仁義を守る己の背中を誇りとせよ。敵に向けて逃げる背中は恥とせよ」という意味で、構成員は背中の中央、心臓の裏側に組織の紋章を刺青する。脱退する者はその部分の皮を剥ぎ取られ、組織に仇なした者はその刺青を一突きにされるという。キシュウは刺青を取り除いてはいない。pledge[英]…固い約束、誓約/hound[英]…猟犬、犬
智蹄連 (ヂーティリェン)
薬学研究、薬物取引を主とする組織。好戦的な性質ではないが自衛戦力はある。Heretic Fang (ヘレティックファング;異端者の牙)
ディンゴ、コヨーテが以前所属していた組織。専ら戦闘・殺害行為を金銭で請け負う非情な集団だった。この組織が壊滅する際にコヨーテを失い、仲間を失う意味に気付いたディンゴは、スカービーストでは仲間を守る事に執心する。heretic[英]…異教徒、異端者
Schelm Feder (シェルムフェーダー;悪戯好きの羽毛)
女性と年少者を多く擁し、諜報活動と情報取引を主とする組織。戦闘員も皆無ではない。Schelm[独]…悪戯者、曲者/Feder[独]…羽毛、羽
Dominant Ape (ドミナント・エイプ)
クローンと洗脳技術を駆使した非人道的な人海戦術で裏社会の金脈、人脈全てを支配しようとする巨大組織。その性質ゆえ敵は多いが、ことにプレッジハウンドはこの組織を仇敵とし、後に最終決戦を引き起こす。dominant[英]…支配的な、最も有力な、優勢な
ネクロマンサー
死者蘇生、人間の不死化を様々な方面から研究する極秘の国際研究機関。複数国家の政府傘下に組織され、倫理上公にできない実験を繰り返しているという。「タロス・プロジェクト」もこの機関の協力を得ている。ヴァローナ
遺棄・放置された武器を収集し売り捌くことを生業とする組織。光り物を集めることからヴァローナ(カラス)の名が付いたが、俗に「屑拾い」とも呼ばれている。ворона[露]…カラス
その他
人物・エピソード (各人物のエピソードはクリックで開閉します)
アードウルフ
ディンゴ
リカオン
サイガ
キシュウ
クーガー
レッキス
ジャガー
ギニー
テン
ミンク
ゲッコー
グリズリー
ヒッポ
フェネック
レパルド
イリオモテ
ラパン
レオ
アキタ
シバ
トサ
スタイン・ボック
アンテロープ
ムース&エルク
レイヨウ
コヨーテ
ロビン
レン
ツバメ
サーバル
ザンナ
マスチフ
絡み合う運命、「キシュウ」と「テン」の物語はこちら
※関連の深い2キャラクターのエピソードを時系列順にまとめた特設ページです。各エピソードは本ページにも掲載しています。スカービースト所属 >>スカービーストについて
アードウルフ /男/17歳/172cm/weapon:マシンガン・サブマシンガン、ナイフ各種
主人公。スカービーストの前線戦闘員。仲間思いの熱血少年。額に巻いたバンダナの下には、刺青を切り刻んだ無残な傷跡がある。伝統を重んじる誇り高い民族の生まれ。男児の額には剣、女児には盾の刺青を施す慣習があり、アードもその刺青を刻んだ。
アードと両親が集落近くの街に移り住んでいた10代前半の頃、彼の一族を狙う武装組織が彼の集落を壊滅させ、その街にも攻め入った。両親が必死にアードを隠し守る中、組織は刺青を目印に一族を虐殺、あるいは拉致し、アードの両親も手に掛けた。組織は程なく警察や軍隊に鎮圧されたが、変わり果てた家族と街の姿に、アードは初めて己の生まれを呪った。彼は泣きながらガラスの破片を手に取り、額の刺青を切り裂き始めた。火の手が上がる暴動跡を偵察していたディンゴが彼を発見し、スカービーストへ連れ帰る。
後に、彼の一族が狙われた本当の理由が判明する。彼の一族は特殊な遺伝的変異をもち、DNAに含まれるレトロウイルス由来の塩基配列から、ある種のウイルスを再生産可能だと考えられていた。この説を支持する極小数の過激派研究機関が、一族のDNAから生物兵器を作るため、武装組織にサンプル収集を依頼したのだ。後にアードが生き残っている事を知った彼らは、アードを狙い始める。
Aardwolf[英]アードウルフ;ツチオオカミ。アフリカの草原やサバンナに生息するハイエナの仲間だが狩りをせず蟻を食べる
- エピソード「拳と拳」(クリックで開閉)
- 関連エピソード:フェネックを参照
作戦行動中、敵地に取り残されてしまうリカオン。アードらはすぐ助けに行こうと主張するが、ディンゴは先へ進むことを指示する。
「そんな…… 仲間を見捨ててなんて行けねえよ!」
「わかっている、それでも進むんだ。これは命令だ」
かっとなったアードはディンゴを殴りつける。
「見損なったぜ。あんた、そんな事を言う奴だったのかよ!」
軽くのけぞったまま、しばし沈黙したディンゴは、ゆっくりと言葉を返した。
「……ありがとう。誰よりオレ自身が、オレを殴りたかったところだ」
「っ……」
「だが、堪えて進むんだ。お前ならどうだアード、自分の為に仲間が全滅してほしいか?」
「そ、それは……」
「機を見て必ず戻る。今は進め。オレはいつでも生還を第一に考えている」
「……。」
ディンゴの握りしめた拳が震えているのに、アードは気づかなかった。
--------
果たしてディンゴの指示通り、作戦は成功しリカオンは帰還する。
「よく、戻ってくれた…… 信じていたぞ」
リカオンと固く握手するディンゴは、彼女に自信を与える言葉を選びながら、内心では人一倍安堵しているように見えた。その様子を見たアードはディンゴに頭を下げる。
「すまねえ、ディンゴ! 俺、あんたに酷い事を……」
「いいんだ。お前達は仲間のために怒ってほしい、その思いが何よりの力になる。それを纏めるのがオレの仕事だ」
「それじゃ俺の気が済まねえ。俺を殴ってくれ、ディンゴ。思いっきりだ!」
「いや、そんな事はいいんだ」
「俺が我慢ならねえんだって! 頼むよ」
「……わかった」
少し考えた後、ディンゴはそう答えると鋼板仕込みのグローブをゆっくりと外し、軽く構えをとった。
「いくぞ」
「おう!」
ディンゴの拳が弾丸のように左頬を打ち抜き、アードは宙を舞って倒れた。武術に長けたテンも感心するほど見事な突きだった。
「………」
「これで、おあいこだな」
目を回すアードに手を差し伸べ、ディンゴは晴れやかに微笑んだ。その拳はもう震えてはいなかった。
「そんな…… 仲間を見捨ててなんて行けねえよ!」
「わかっている、それでも進むんだ。これは命令だ」
かっとなったアードはディンゴを殴りつける。
「見損なったぜ。あんた、そんな事を言う奴だったのかよ!」
軽くのけぞったまま、しばし沈黙したディンゴは、ゆっくりと言葉を返した。
「……ありがとう。誰よりオレ自身が、オレを殴りたかったところだ」
「っ……」
「だが、堪えて進むんだ。お前ならどうだアード、自分の為に仲間が全滅してほしいか?」
「そ、それは……」
「機を見て必ず戻る。今は進め。オレはいつでも生還を第一に考えている」
「……。」
ディンゴの握りしめた拳が震えているのに、アードは気づかなかった。
--------
果たしてディンゴの指示通り、作戦は成功しリカオンは帰還する。
「よく、戻ってくれた…… 信じていたぞ」
リカオンと固く握手するディンゴは、彼女に自信を与える言葉を選びながら、内心では人一倍安堵しているように見えた。その様子を見たアードはディンゴに頭を下げる。
「すまねえ、ディンゴ! 俺、あんたに酷い事を……」
「いいんだ。お前達は仲間のために怒ってほしい、その思いが何よりの力になる。それを纏めるのがオレの仕事だ」
「それじゃ俺の気が済まねえ。俺を殴ってくれ、ディンゴ。思いっきりだ!」
「いや、そんな事はいいんだ」
「俺が我慢ならねえんだって! 頼むよ」
「……わかった」
少し考えた後、ディンゴはそう答えると鋼板仕込みのグローブをゆっくりと外し、軽く構えをとった。
「いくぞ」
「おう!」
ディンゴの拳が弾丸のように左頬を打ち抜き、アードは宙を舞って倒れた。武術に長けたテンも感心するほど見事な突きだった。
「………」
「これで、おあいこだな」
目を回すアードに手を差し伸べ、ディンゴは晴れやかに微笑んだ。その拳はもう震えてはいなかった。
[ 閉じる ]
ディンゴ /男/27歳/181cm/weapon:ベレッタM92、ナイフ各種
現在のスカービーストの中心的な人物。失った両眼球の代わりに装着された特殊バイザーで望遠・暗視・サーモグラフィ・通信等の機能を駆使し、前線部隊の「目」として指揮を執る。自身の戦闘能力も高い。性格は冷静にして豪胆、仲間の命を第一に考え、信頼によって人を動かす包容力のある男。別組織「ヘレティックファング」の殺し屋だった頃は示威的で冷酷な性格だったが、無二の仲間コヨーテを失った事で大きく変わる。
バイザーはサイガが製作したもの。バイザー自体が外れるような衝撃が加わると視覚端子間の接続が外れ、視神経を傷つけない仕組みになっている。また、解除コードの入力なしにバイザーが外れた場合には自動的に緊急信号が発信される。
dingo[英]ディンゴ;オーストラリアの野生犬/弱虫(豪英語のスラング)/ルンペン、路上生活者/卑怯者、卑劣な奴、裏切り者
- エピソード「目覚め」
- エピソード「命を拾う意味」
- エピソード「素顔」
- エピソード「コヨーテのこと」
- 関連エピソード:キシュウ「悲願の夜、そして」を参照
- 関連エピソード:コヨーテを参照
……
…………部屋だ。
ここはどこだ。
オレは…… 生きてる……?
「目が覚めたか」
知らない声がして、ディンゴはそれが現実だと気付いた。
「……あ、あ……」
ぼんやりと視界に映る天井を眺めていたディンゴは突如違和感に襲われる。
(……見えてる? 待て、オレの両目はたしか……)
目元に手をやったディンゴは、固い金属の感触に驚く。
「!? これは……」
「『それ』は間に合わせだ、見えるか? 耳はどうだ。反応はしているようだが」
「……!ああ、見える…… 耳も……」
ディンゴの両目はバイザーで覆われ、左耳にも器具が装着されていた。
「何らかの爆発に遭ったようだな。損傷した眼球を摘出し、視神経に端子を接続してバイザーを繋いだ。左耳介も同様だ。じき、お前の骨格に合わせたものを作ってやる」
声の主はガチャガチャと医療器具を用意しながら近づいて来た。その足音には微かな金属音が混じっていた。その顔を視界に捉えた時、ディンゴは思わず飛び起きた。有り得ない、目の前で死んだ筈の……
「コヨーテ!?」
「なんだ。オレはお前を知らんぞ」
(お…… 男?)
「知った顔にでも見えたか」
「あ、ああ…… すまない」
その時激しい痛みに気付き、ディンゴは自分の胸元を見た。綺麗に処置された包帯の上からも、傷の大きさが推測できた。
(……そうだ、落ち着け、そんな筈はない。この傷が何よりの……)
「もう遅いが、まだ起き上がらない方がいいぞ」
「……。
……すまん、混乱した。あんたは? ここは何処なんだ」
「オレはサイガ。お前、名はあるのか」
「ディンゴという」
「『野犬』か。お誂え向きだな」
「?」
「この組織はスカービースト…… 疵を抱えたケダモノの巣だ」
…………部屋だ。
ここはどこだ。
オレは…… 生きてる……?
「目が覚めたか」
知らない声がして、ディンゴはそれが現実だと気付いた。
「……あ、あ……」
ぼんやりと視界に映る天井を眺めていたディンゴは突如違和感に襲われる。
(……見えてる? 待て、オレの両目はたしか……)
目元に手をやったディンゴは、固い金属の感触に驚く。
「!? これは……」
「『それ』は間に合わせだ、見えるか? 耳はどうだ。反応はしているようだが」
「……!ああ、見える…… 耳も……」
ディンゴの両目はバイザーで覆われ、左耳にも器具が装着されていた。
「何らかの爆発に遭ったようだな。損傷した眼球を摘出し、視神経に端子を接続してバイザーを繋いだ。左耳介も同様だ。じき、お前の骨格に合わせたものを作ってやる」
声の主はガチャガチャと医療器具を用意しながら近づいて来た。その足音には微かな金属音が混じっていた。その顔を視界に捉えた時、ディンゴは思わず飛び起きた。有り得ない、目の前で死んだ筈の……
「コヨーテ!?」
「なんだ。オレはお前を知らんぞ」
(お…… 男?)
「知った顔にでも見えたか」
「あ、ああ…… すまない」
その時激しい痛みに気付き、ディンゴは自分の胸元を見た。綺麗に処置された包帯の上からも、傷の大きさが推測できた。
(……そうだ、落ち着け、そんな筈はない。この傷が何よりの……)
「もう遅いが、まだ起き上がらない方がいいぞ」
「……。
……すまん、混乱した。あんたは? ここは何処なんだ」
「オレはサイガ。お前、名はあるのか」
「ディンゴという」
「『野犬』か。お誂え向きだな」
「?」
「この組織はスカービースト…… 疵を抱えたケダモノの巣だ」
[ 閉じる ]
戦闘中、あわや命を落とす所だったリカオンを援護。危なかったと礼を言うリカオンの肩を掴み真剣に話す。
「もしオレがいなかったらと想像しろ。
あのカトラスが頸動脈を断ち、お前の体は制御を失って倒れる。留めを刺されれば即死、捨て置かれてもせいぜい数分で失血死だ。あと5cm動けていたら、コンマ5秒早く気付いていたら…… 遠ざかる意識の中、どれだけ悔やんでももう遅い。お前はもう何もできない。お前の肉体は敵の慰みものにされ、その後は実験室か処分場か。骨も拾ってやれないだろう。スカービーストのリカオンは居なくなる──
……そこまで想像できたら、拾った命で出来る事を考えるんだ。オレはもう、仲間の死を見たくない」
「もしオレがいなかったらと想像しろ。
あのカトラスが頸動脈を断ち、お前の体は制御を失って倒れる。留めを刺されれば即死、捨て置かれてもせいぜい数分で失血死だ。あと5cm動けていたら、コンマ5秒早く気付いていたら…… 遠ざかる意識の中、どれだけ悔やんでももう遅い。お前はもう何もできない。お前の肉体は敵の慰みものにされ、その後は実験室か処分場か。骨も拾ってやれないだろう。スカービーストのリカオンは居なくなる──
……そこまで想像できたら、拾った命で出来る事を考えるんだ。オレはもう、仲間の死を見たくない」
[ 閉じる ]
戦闘中、頭部に銃弾を受けたディンゴ。バイザーが弾け飛び、もんどり打って倒れた彼は動かなくなり、額の辺りから血が滴り落ちた。その様子を見たアードらは怒りに燃えて敵地へ踏み込む。
「……リカオンはディンゴを頼む。いくぜ、レッキス!」
(嘘でしょ、ディンゴ…… あたし達、これからどうすれば……)
潤む目元を押さえ、必死に落ち着こうとするリカオン。その足首を何者かが掴んだ。
「……? ひ、ひゃあっっ!?!」
「リカオンか…… 銃弾は逸れた、これは切り傷だ。驚かせてすまない」
「……ディ、ン…… ゴ……?」
ゆっくりと顔を起こすディンゴ。バイザーの取れたその素顔をリカオンは初めて見た。両瞼の下からはケーブルが伸び、左耳に耳介はなく、代わりに痛々しい古傷があった。額からは派手に血が流れているが、よく見れば深い傷ではなかった。
「九死に一生だ…… 弾はバイザーの傾斜面で滑ったらしい。数mm違えばまともに被弾していた…… 衝撃で昏倒していたようだが、もう大丈夫だ。しかしバイザーが無くては見えない、すまないが補助を頼む」
(なあんだ、見えてないのか……)
「どうした、どこかケガを?」
「う、ううん。何でもない」
リカオンは、溢れる安堵の涙を慌てて拭った。
そのころスカービースト本部では、ディンゴのバイザーからの通信が途絶えたため増援が用意されようとしていた。
「……リカオンはディンゴを頼む。いくぜ、レッキス!」
(嘘でしょ、ディンゴ…… あたし達、これからどうすれば……)
潤む目元を押さえ、必死に落ち着こうとするリカオン。その足首を何者かが掴んだ。
「……? ひ、ひゃあっっ!?!」
「リカオンか…… 銃弾は逸れた、これは切り傷だ。驚かせてすまない」
「……ディ、ン…… ゴ……?」
ゆっくりと顔を起こすディンゴ。バイザーの取れたその素顔をリカオンは初めて見た。両瞼の下からはケーブルが伸び、左耳に耳介はなく、代わりに痛々しい古傷があった。額からは派手に血が流れているが、よく見れば深い傷ではなかった。
「九死に一生だ…… 弾はバイザーの傾斜面で滑ったらしい。数mm違えばまともに被弾していた…… 衝撃で昏倒していたようだが、もう大丈夫だ。しかしバイザーが無くては見えない、すまないが補助を頼む」
(なあんだ、見えてないのか……)
「どうした、どこかケガを?」
「う、ううん。何でもない」
リカオンは、溢れる安堵の涙を慌てて拭った。
そのころスカービースト本部では、ディンゴのバイザーからの通信が途絶えたため増援が用意されようとしていた。
[ 閉じる ]
「前の組織、ヘレティックファングの殺し屋だった頃…… 当時のオレにとって仲間とは、敵でないというだけだった。誰を殺そうが、誰を殺されようが平気だった。共に生き、信頼を交わした相手というのは、コヨーテ一人だけだった。そしてあいつが撃たれた時、それを失う事がどれほどの絶望かをやっと知ったんだ……
次に気が付いた時、オレはこの組織にいた。それからのオレは、仲間が欲しかった。利害や権力でなく、理屈抜きに守りあえる仲間が」
次に気が付いた時、オレはこの組織にいた。それからのオレは、仲間が欲しかった。利害や権力でなく、理屈抜きに守りあえる仲間が」
[ 閉じる ]
リカオン /女/16歳/165cm/weapon:トンファー
スカービースト戦闘員。快活で強気な性格だが、内面には脆い部分もある。身体能力が高く肉弾戦闘に長けるが、銃は不得手で持ちたがらない。遺伝子操作で強い兵士を作り出す政府の極秘研究「ピグマリオン・プロジェクト」で生み出されたデザイナーズチャイルド。といっても情動操作を施さない対照実験群であり、その上実験データに手続上のノイズが入った事で破棄された。殺処分される予定だったが護送車が事故を起こし、たった一人生き残った所をスカービーストに保護された。
スカービーストで生活するうち感情面はほぼ健全になったが、稀に暴走すると敵味方の区別なく殺戮に走ることがある。銃を持たないのはそれを恐れての事でもある。
以前に正気を失い組織員を巻き込んで乱闘した際、ディンゴに「今度こんな事があったら、殺してください……」と涙ながらに懇願したが、ディンゴの返答は「努力しよう。だが約束はできない。この組織に拾われた以上、そこは諦めてくれ」というものだった。
自分を助けてくれたディンゴに憧れを抱いているが、彼女に思いを寄せることになるのはアードウルフである。
Lycaon[英]リカオン(Lycaon pictus)(別名多数);アフリカに生息するハイエナに似たイヌ科動物。群れで生活し社会性が高い/リュカオン;ギリシア神話の人物、ゼウスによって狼に変えられたアルカディアの王
- エピソード「頼る勇気を」
因縁の敵と戦ううち暴走状態に陥ったリカオン。長時間の単独戦闘で身体への負荷が危惧され、何より彼女のそんな姿を見ていられなくなったアードは、自分の銃を投げ捨て止めに入る。
「もういい、リカオン!もう、充分だ……」
背後からリカオンに抱きつき、必死に説得するアード。その声も届かないリカオンは振りほどこうと暴れ、トンファーが容赦なく彼を殴打する。それでもアードは離れず彼女に話しかける。
「もう敵なんて居やしねえ…帰って来い、帰ってこいよ。リカオン」
「……アー…… ド?」
--------
肋骨や足など何箇所もの骨折を負ったアードを見て、自分の所業に打ちのめされるリカオン。
「……やっぱり、あたしなんか……」
アードの装備からナイフを抜き取り、自分の喉に突き立てようとするリカオン。
「……!? ばっ……」
身動きの取れないアードに代わってそのナイフを止めたのはディンゴだった。敢えて素手で握った刃が血の滴を落とす。
「……傷つけたから、仲間でいる資格がないと?
逆だ、全く逆だ。そうまでして取り戻したかった仲間がお前なんだ。わからないか」
「………」
呆然と涙を流すしかできないリカオンに、アードが力を振り絞り手を伸ばす。震えながらその手を取ろうとしたリカオンの手を、アードはぴんと弾いた。
「!?」
「……この、バカ……」
その仕草に動転した心を解きほぐされ、リカオンの表情にはやっと生気が戻った。
「……うん。ごめん、ごめんなさい……」
--------
組織本部に帰還し、治療を受けたアードにリカオンが付き添う。
「……もし、あたしがまた、ああなったら……」
殺してくれと言っていた。ディンゴからそう聞いた事を思い出し、身構えるアード。だが続く言葉は同じではなかった。
「……止めてくれる?」
「!」
「そうなればきっと、またひどい怪我を…… ううん、怪我じゃ済まないかも。でも、それでも……
……頼って、いいのかな……」
リカオンはぼろぼろと泣いていた。仲間を傷つける選択はしたくない、けれど寄り添う勇気を持ちたい、その辛さに揺れていた。
アードは彼女の泣き顔を見たくはなかったが、この時ばかりは心から嬉しかった。
「……あったりめーだろ!」
--------
この一件からリカオンとアードはお互いを特別な存在として意識し始める。またリカオンの精神状態は安定に向かい、銃への拒否反応も和らぎ、被験体時代に叩き込まれた戦闘技術を活かせるようになっていく。
「もういい、リカオン!もう、充分だ……」
背後からリカオンに抱きつき、必死に説得するアード。その声も届かないリカオンは振りほどこうと暴れ、トンファーが容赦なく彼を殴打する。それでもアードは離れず彼女に話しかける。
「もう敵なんて居やしねえ…帰って来い、帰ってこいよ。リカオン」
「……アー…… ド?」
--------
肋骨や足など何箇所もの骨折を負ったアードを見て、自分の所業に打ちのめされるリカオン。
「……やっぱり、あたしなんか……」
アードの装備からナイフを抜き取り、自分の喉に突き立てようとするリカオン。
「……!? ばっ……」
身動きの取れないアードに代わってそのナイフを止めたのはディンゴだった。敢えて素手で握った刃が血の滴を落とす。
「……傷つけたから、仲間でいる資格がないと?
逆だ、全く逆だ。そうまでして取り戻したかった仲間がお前なんだ。わからないか」
「………」
呆然と涙を流すしかできないリカオンに、アードが力を振り絞り手を伸ばす。震えながらその手を取ろうとしたリカオンの手を、アードはぴんと弾いた。
「!?」
「……この、バカ……」
その仕草に動転した心を解きほぐされ、リカオンの表情にはやっと生気が戻った。
「……うん。ごめん、ごめんなさい……」
--------
組織本部に帰還し、治療を受けたアードにリカオンが付き添う。
「……もし、あたしがまた、ああなったら……」
殺してくれと言っていた。ディンゴからそう聞いた事を思い出し、身構えるアード。だが続く言葉は同じではなかった。
「……止めてくれる?」
「!」
「そうなればきっと、またひどい怪我を…… ううん、怪我じゃ済まないかも。でも、それでも……
……頼って、いいのかな……」
リカオンはぼろぼろと泣いていた。仲間を傷つける選択はしたくない、けれど寄り添う勇気を持ちたい、その辛さに揺れていた。
アードは彼女の泣き顔を見たくはなかったが、この時ばかりは心から嬉しかった。
「……あったりめーだろ!」
--------
この一件からリカオンとアードはお互いを特別な存在として意識し始める。またリカオンの精神状態は安定に向かい、銃への拒否反応も和らぎ、被験体時代に叩き込まれた戦闘技術を活かせるようになっていく。
[ 閉じる ]
サイガ /男/24歳/171cm/skill:医学・薬学、バイオメカニクス
スカービーストの医師。天才的な頭脳で医療全般から義肢製作まで何でもこなし、若くして組織創設期からの古株でもある。戦闘手段は持たず、組織の動向に口を出す事もないが、スカービーストの中心人物の一人である。右足の膝から下は自ら制作した義足。性格は冷徹で辛辣。自分の仕事とそれ以外の事、事実と感情論をきっぱり分けるドライな現実主義者。それゆえ敵を作りがちだが、付き合いの長いキシュウやディンゴは彼なりの誠意を理解している。
遠慮や謙りというものがなく、「あんた」と呼んでいたのはレオとキシュウくらいで、現ボスのグリズリーさえも「お前」呼ばわりである。
コヨーテと瓜二つの容姿をしている。
Saiga[英]サイガ(オオハナレイヨウ、オオハナカモシカ);大きな鼻が独特なカモシカの仲間
- エピソード「レオとサイガ」
- 関連エピソード:キシュウ「「侠の背中」」を参照
- 関連エピソード:キシュウ「「悲願の夜、そして」」を参照
- エピソード「誰にも見せない」
- 関連エピソード:ギニーを参照
武力面でも人間性でも絶大な求心力を持った伝説的な存在であったレオ。そんなレオに拾われ育ったサイガは10代で既に天才的な医師であったが、ある戦いでレオはサイガを救う為に死を選ぶ。
戦闘で右足の膝から下を失ったサイガ。しかし自力で応急処置をし、生命の危機は脱していた。そのサイガを救命装置に載せ、自分は崩れゆくビルに残って追手を撃退しつつ、その射出処理をしようとするレオ。怪我と出血に消耗する中、レオの思惑に気付いたサイガは叫ぶ。
「何をやってるんだ。生き残るべきなのはあんただろう!」
「いいや、生き残るべきはお前だ。お前には人を生かす術が有る。それこそ次代に必要なものだ。
生きろ、そして生かせ。生きる道を創るんだ。
それこそが、俺の遺したい希望だ」
「……勝手ばかり言いやがって。オレはそんなもの背負ってやらんぞ!
オレは…… オレは、あんたに生きて欲しいだけなんだ!」
「なんだ、完璧じゃあないか。その志が生きてくれるなら、俺が生きるってことなのさ」
----
サイガを送り出したレオは、ゆっくりと背後を振り返った。
「よう、久しいな」
「……自己犠牲気取りか、反吐が出る。俺達からすべてを奪った悪魔が!
よくも仲間に本当の顔を隠したまま、のうのうと過ごしてきたものだ……」
「貴様の相手をするとなれば、守るものがあっては厳しいからな」
それは、組織の誰も知らないレオの顔だった。
----
サイガはその後、このとき失った足を自らバイオメカニクス義足にし、レオの望んだ通り「生かす者」となっていく。本人の性格は幾分ひねくれ、「遺志も理念もクソ食らえだ。あいつの思い通りに生きてやるつもりなどない」と言ってはいるが、結果的にレオの悲願は果たされていくこととなる。
戦闘で右足の膝から下を失ったサイガ。しかし自力で応急処置をし、生命の危機は脱していた。そのサイガを救命装置に載せ、自分は崩れゆくビルに残って追手を撃退しつつ、その射出処理をしようとするレオ。怪我と出血に消耗する中、レオの思惑に気付いたサイガは叫ぶ。
「何をやってるんだ。生き残るべきなのはあんただろう!」
「いいや、生き残るべきはお前だ。お前には人を生かす術が有る。それこそ次代に必要なものだ。
生きろ、そして生かせ。生きる道を創るんだ。
それこそが、俺の遺したい希望だ」
「……勝手ばかり言いやがって。オレはそんなもの背負ってやらんぞ!
オレは…… オレは、あんたに生きて欲しいだけなんだ!」
「なんだ、完璧じゃあないか。その志が生きてくれるなら、俺が生きるってことなのさ」
----
サイガを送り出したレオは、ゆっくりと背後を振り返った。
「よう、久しいな」
「……自己犠牲気取りか、反吐が出る。俺達からすべてを奪った悪魔が!
よくも仲間に本当の顔を隠したまま、のうのうと過ごしてきたものだ……」
「貴様の相手をするとなれば、守るものがあっては厳しいからな」
それは、組織の誰も知らないレオの顔だった。
----
サイガはその後、このとき失った足を自らバイオメカニクス義足にし、レオの望んだ通り「生かす者」となっていく。本人の性格は幾分ひねくれ、「遺志も理念もクソ食らえだ。あいつの思い通りに生きてやるつもりなどない」と言ってはいるが、結果的にレオの悲願は果たされていくこととなる。
[ 閉じる ]
幼少期から並外れて聡明だったサイガはレオに拾われた時点で医学の素養があり、その後独学で情報収集を進め、10代早々には医師として通用するまでになった。しかしスカービースト初期の頃は、力及ばず同胞の死を看取る事もあった。
「自分を責めるな。お前はよくやったよ」
仏頂面で仲間の遺体を睨むサイガの頭を、レオはわっしわっしと撫で回した。サイガがそんな風に扱われても腹を立てないのはレオだけであった。
「……治してやる」
「うん?」
「今は未熟だが、もっと勉強してどんな怪我も治せるようになる。何だって治してやるから、死んでくるなよ」
サイガ少年はそう言うと、レオとキシュウを交互に見据えた。睨んだ、という方が近い。それほど強い意志と、救えなかった悔しさが、その幼い瞳に燃えていた。
「へいへい。期待してますよ、サイガ先生」
キシュウが茶化すと、今度は本当にぎろりと睨んだ。
--------
シバ達がキシュウの遺体を引き取って行った後(エピソード「悲願の夜、そして」を参照)、ギニーは空いた処置室の片付けをしていた。
「先生(ドク)、処置室の清掃終わりまし…」
ギニーが声を掛けると、サイガは机に突っ伏して寝入っていた。それ自体は珍しい事ではないので、ギニーはそろりと後ろを通り過ぎようとする。
「………ないか……」
「はいッ」
呼び止められたかと、慌てて振り返るギニーだったが。
「死んでくるなと、言ったじゃないか……」
「……!」
サイガは寝言など滅多に言わない。珍しいことだった。しかしギニーが驚いたのはそこではない。
それは、少年のような泣き声だった。
この冷血漢にも心の拠り所が、情を寄せる相手があったのだ。ギニーは他人の内面に立ち入る方ではないが、サイガにとってキシュウが特別な人間であった事は存分に理解できた。改めて去来する悲しみと共に、ギニーはこの攻撃的で強がりな若きドクターを支えていく決意を新たにした。
「自分を責めるな。お前はよくやったよ」
仏頂面で仲間の遺体を睨むサイガの頭を、レオはわっしわっしと撫で回した。サイガがそんな風に扱われても腹を立てないのはレオだけであった。
「……治してやる」
「うん?」
「今は未熟だが、もっと勉強してどんな怪我も治せるようになる。何だって治してやるから、死んでくるなよ」
サイガ少年はそう言うと、レオとキシュウを交互に見据えた。睨んだ、という方が近い。それほど強い意志と、救えなかった悔しさが、その幼い瞳に燃えていた。
「へいへい。期待してますよ、サイガ先生」
キシュウが茶化すと、今度は本当にぎろりと睨んだ。
--------
シバ達がキシュウの遺体を引き取って行った後(エピソード「悲願の夜、そして」を参照)、ギニーは空いた処置室の片付けをしていた。
「先生(ドク)、処置室の清掃終わりまし…」
ギニーが声を掛けると、サイガは机に突っ伏して寝入っていた。それ自体は珍しい事ではないので、ギニーはそろりと後ろを通り過ぎようとする。
「………ないか……」
「はいッ」
呼び止められたかと、慌てて振り返るギニーだったが。
「死んでくるなと、言ったじゃないか……」
「……!」
サイガは寝言など滅多に言わない。珍しいことだった。しかしギニーが驚いたのはそこではない。
それは、少年のような泣き声だった。
この冷血漢にも心の拠り所が、情を寄せる相手があったのだ。ギニーは他人の内面に立ち入る方ではないが、サイガにとってキシュウが特別な人間であった事は存分に理解できた。改めて去来する悲しみと共に、ギニーはこの攻撃的で強がりな若きドクターを支えていく決意を新たにした。
[ 閉じる ]
キシュウ /男/55歳/181cm/weapon:日本刀(白鞘・大小)、トカレフ
スカービースト創設メンバーの一人。別組織「プレッジハウンド」から追放されてスカービーストを作ったとされており、プレッジハウンドにおいて彼の名はほぼタブーの扱いだが、実際は彼に非があって追放されたのではなく、当時の幹部だった盟友マスチフの為に敢えて汚名を着た身である事を極々一部の人間だけが知っている。冗談好きでいい加減、軽薄な振る舞いを見せながら、血気に逸る若い構成員達を落ち着かせたり、局面を打開する助言をしたりと、さりげなく組織全体をまとめ上げている。また急にふいと居なくなっては(ふらふら出歩くのも日常茶飯事なので誰も不審がらない)諜報活動をしたり、別組織と取引したりもする。
ジャパニーズヤクザの出で立ちで、総身に独特の刺青があり、その中にはプレッジハウンドの紋も含まれている。刺青の主なモチーフは石楠花(シャクナゲ、花言葉は「威厳・荘厳・危険」)。
前線で戦う姿は滅多に見せないが、琉球空手と居合の達人。日本刀は師匠ザンナの形見であり、普段は白鞘だが大規模な戦闘に際しては拵に納める。
「あのね。俺のこと年寄りっていうなら尚更なんだが…… 道具が無いと何も出来ないようじゃ、この歳まで生き残ってやしねえんだよね」
キシュウ;紀州犬
- エピソード「決別の日」
- エピソード「侠の背中」※重要エピソード
- エピソード「すべては拳に」
- エピソード「戦支度」
- エピソード「悲願の夜、そして」※重要エピソード
- 関連エピソード:グリズリーを参照
- 関連エピソード:レオを参照
- 関連エピソード:アキタを参照
- 関連エピソード:テンを参照
- エピソード「外伝・少年よ牙を抱け」※外部サイトへリンク
アルファポリス/小説家になろう(内容は同じです)
約20年前、大幅に規模を拡大したプレッジハウンドは統率力を失い、その内情は乱れに乱れていた。
--------
「マスチフの兄貴。グレイハウンドの兄貴がお呼びです」
「グレイが? なんだ、こんな時に……」
部下の伝言を受け、階段を上がると幹部室の扉を開けるマスチフ。しかしグレイハウンドの姿は見当たらない。
「グレイ? 居るんだろ?」
部屋の奥へ進んだマスチフは、机の陰に何かを見つけた。それは見覚えのある靴、いやそれを履いた人間の足であった。
(グレイ……!?)
その時、マスチフの背中に衝撃と激痛が走った。カラカラと薬莢が転がり、火薬の匂いが立ち込めた。
「……き、貴様……」
「前々から非効率だと思ってたんだよね。組織が大きくなったからこそ、頭(かしら)は一人でいい。トップダウンが一番だろ?」
先程マスチフを呼んだその部下こそが、そこに横たわるグレイハウンドを撃ち、クーデターを目論む張本人であった。全てを理解したマスチフには、もう反撃の力は残されていなかった。膝を折り倒れ込んだマスチフの額を、彼の銃口が捉える。しかし次の瞬間、撃ち抜かれたのは彼の方であった。
「……!?」
彼は倒れ、その向こうに立っていたのはキシュウだった。
「マスチフ!!」
「キシュウ……。
……プレッジハウンドは、もう駄目だ。俺達の目指した仁義の集団とは正反対に、腐りきっちまった……
ああ、どこで間違ったんだろうな。
無念だ。無念だ……。」
マスチフの見開いた目から、一筋の涙が零れた。
「……キシュウ。もう組織にも、俺にも、義理を通すことはない。お前だけは、清く…… 生きてくれ……」
動きを止めたマスチフの手を、キシュウは固く固く握った。
そこへ、銃声を聞いたキシュウの腹心トサが駆けつけた。
「兄貴、どうしました……
な、何があったんです!?」
一呼吸の後、キシュウはおそろしく静かに答えた。
「俺がやった。 全員、 俺が殺した」
「嘘です! キシュウの兄貴が、そんな事……」
「俺だっつったら、俺なんだよ」
トサは思わず口をつぐんだ。キシュウの語調は穏やかだったが、その目は悪鬼羅刹のごとき怒気に満ちていた。
「プレッジハウンドは潰れない…… 裏切りを企てる不心得者も、そんな輩に負けるような幹部もいない。害悪は俺一人だ。仲間殺しは除名のち処刑、そうだな」
「………。
……貴方は、もう、死にました」
「なに?」
「幹部キシュウはこの俺が処刑しました。プレッジハウンドの威厳を貶めるような者は、誰もいません…… それでいいですね?」
「……。バカだね、お前も」
「さあ、『部外者』はさっさと消えて下さい」
トサは顔を伏せ、キシュウに背を向けた。その声は微かに震えていた。
「ありがとよ。元気でな」
──
トサはキシュウを処刑したと組織に報告するが、ほどなくキシュウの生存が判明。トサは仕損じたとして降格処分を受け、キシュウはプレッジハウンドより永久追放の扱いとなる。その後、キシュウとトサの腐心も虚しくプレッジハウンドは分裂し、第2世代幹部による暗黒の時代を迎えることになる。
キシュウは放浪の末スカービーストに身を寄せつつ、マスチフらと描いた理想のプレッジハウンドを再建する決意をし、画策を始める。
トサはプレッジハウンド内で鳴りを潜め、極秘裏にキシュウに協力していた。荒んだプレッジハウンドの中で真に信ずるに足る二人の若者、アキタとシバに出会ったトサは、彼らに真実を伝え、キシュウの手足として命を懸ける盟友となる。
なお、トサは古株の自分が怪しまれる事を危惧し、また本来人の上に立つ性分ではないため、アキタをリーダー格に据え、自分は目立たぬようサポートに徹している。
--------
「マスチフの兄貴。グレイハウンドの兄貴がお呼びです」
「グレイが? なんだ、こんな時に……」
部下の伝言を受け、階段を上がると幹部室の扉を開けるマスチフ。しかしグレイハウンドの姿は見当たらない。
「グレイ? 居るんだろ?」
部屋の奥へ進んだマスチフは、机の陰に何かを見つけた。それは見覚えのある靴、いやそれを履いた人間の足であった。
(グレイ……!?)
その時、マスチフの背中に衝撃と激痛が走った。カラカラと薬莢が転がり、火薬の匂いが立ち込めた。
「……き、貴様……」
「前々から非効率だと思ってたんだよね。組織が大きくなったからこそ、頭(かしら)は一人でいい。トップダウンが一番だろ?」
先程マスチフを呼んだその部下こそが、そこに横たわるグレイハウンドを撃ち、クーデターを目論む張本人であった。全てを理解したマスチフには、もう反撃の力は残されていなかった。膝を折り倒れ込んだマスチフの額を、彼の銃口が捉える。しかし次の瞬間、撃ち抜かれたのは彼の方であった。
「……!?」
彼は倒れ、その向こうに立っていたのはキシュウだった。
「マスチフ!!」
「キシュウ……。
……プレッジハウンドは、もう駄目だ。俺達の目指した仁義の集団とは正反対に、腐りきっちまった……
ああ、どこで間違ったんだろうな。
無念だ。無念だ……。」
マスチフの見開いた目から、一筋の涙が零れた。
「……キシュウ。もう組織にも、俺にも、義理を通すことはない。お前だけは、清く…… 生きてくれ……」
動きを止めたマスチフの手を、キシュウは固く固く握った。
そこへ、銃声を聞いたキシュウの腹心トサが駆けつけた。
「兄貴、どうしました……
な、何があったんです!?」
一呼吸の後、キシュウはおそろしく静かに答えた。
「俺がやった。 全員、 俺が殺した」
「嘘です! キシュウの兄貴が、そんな事……」
「俺だっつったら、俺なんだよ」
トサは思わず口をつぐんだ。キシュウの語調は穏やかだったが、その目は悪鬼羅刹のごとき怒気に満ちていた。
「プレッジハウンドは潰れない…… 裏切りを企てる不心得者も、そんな輩に負けるような幹部もいない。害悪は俺一人だ。仲間殺しは除名のち処刑、そうだな」
「………。
……貴方は、もう、死にました」
「なに?」
「幹部キシュウはこの俺が処刑しました。プレッジハウンドの威厳を貶めるような者は、誰もいません…… それでいいですね?」
「……。バカだね、お前も」
「さあ、『部外者』はさっさと消えて下さい」
トサは顔を伏せ、キシュウに背を向けた。その声は微かに震えていた。
「ありがとよ。元気でな」
──
トサはキシュウを処刑したと組織に報告するが、ほどなくキシュウの生存が判明。トサは仕損じたとして降格処分を受け、キシュウはプレッジハウンドより永久追放の扱いとなる。その後、キシュウとトサの腐心も虚しくプレッジハウンドは分裂し、第2世代幹部による暗黒の時代を迎えることになる。
キシュウは放浪の末スカービーストに身を寄せつつ、マスチフらと描いた理想のプレッジハウンドを再建する決意をし、画策を始める。
トサはプレッジハウンド内で鳴りを潜め、極秘裏にキシュウに協力していた。荒んだプレッジハウンドの中で真に信ずるに足る二人の若者、アキタとシバに出会ったトサは、彼らに真実を伝え、キシュウの手足として命を懸ける盟友となる。
なお、トサは古株の自分が怪しまれる事を危惧し、また本来人の上に立つ性分ではないため、アキタをリーダー格に据え、自分は目立たぬようサポートに徹している。
[ 閉じる ]
三人衆がキシュウの為に動いている事がプレッジハウンドに知れ、一部の構成員が粛清に乗り出す。そこへキシュウが現れ、自分が責任を負うから三人を解放してくれと願い出る。しかしその交渉を無視し、道義に外れた卑劣なやり口で三人を攻撃したプレッジハウンドの構成員スパニエルに、キシュウは怒り宣戦布告する。
──
「プレッジハウンド、ボルゾイ組のスパニエルだ。てめーがあの初代幹部だって? もうジジイじゃねえか!早いとこ棺桶に入った方がよさそうだな、あ? 手伝ってやろうか」
下卑た笑いを浮かべながら、キシュウに銃を向け挑発するスパニエル。
「五発か」
スパニエルの残弾数を見抜いたキシュウは、矢庭に上半身の服を脱ぎ捨てた。日頃の態度からは想像もつかない鍛え上げられた肉体に、総刺青が顕となった。
「いいぜ、撃ちな。
逃げも隠れもしねえ、防弾着もねえ。
撃てよ。その五発で俺が殺せると思うならな」
不敵に笑うキシュウの気迫に竦み上がるスパニエル。
「どうした、来ねえならこっちからいくぜ」
一振りの脇差だけを手に、泰然と歩みを進めるキシュウ。
「う……、うわあ!」
一発。
一発目はキシュウの脇腹の肉を削ぎ取った。だがキシュウはニヤリと笑い、更に歩を進める。
「ひっ……」
二発。
三発。
怯えたスパニエルの弾丸は、キシュウの横を掠めるばかり。
「オイオイ勿体ねえな。的が近くへ寄ってくるのに、どうして外しちまうんだい」
四発。
左肩に衝撃を受け、立ち止まるキシュウ。しかし幾秒と待たず歩き出す。スパニエルとの距離は、刀の間合いに迫ろうとしていた。
「し……ししし、死ねえ!」
五発。
最後の弾丸はキシュウの右胸を貫通し、背中の刺青から血が流れはじめた。
「キ、キシュウさん!!」
たまらず悲痛な声をあげるシバ。トサとアキタも歯を食いしばり、縋るように見守る。
立ち尽くすキシュウ。
がたがたと震えながら、引き金を引き続けるスパニエル。弾の切れた銃はがちがちと鈍い音を立てる。その目の前で、キシュウはゆっくりと脇差を持ち上げた。
「……どうした……
まだ…… 立ってるぜ。
……俺の勝ちだな」
次の瞬間白刃きらめき、ややあってスパニエルの首は地に落ちた。
慄きどよめくプレッジハウンドの面々を見据え、キシュウは返り血を浴びながら、どっかと胡座をかいた。
「さあて…まだやるやつァ、いるかい」
思わず後退る構成員達。その中から一際大柄な男が歩み出た。プレッジハウンド幹部補佐のドーベルマンである。
「御見事だ。部下がつまらねえ真似をした、非礼を詫びよう。あんたに敬意を表して、金輪際あんた達に手出しはさせねえ」
「そいつはありがたいや」
「兄貴、どうしてですか!今ならまとめて……」
横からそう囁いた部下は、ドーベルマンの拳に頬骨を粉砕され無様に転がった。
「ふざけんじゃねえ! この大立ち回りを見て何も思わねえってのか。てめえそれでも、盃に誓った同志か! 姑息な虫ケラに成り下がるなら、出ていきやがれ!!」
「おほォ、云うじゃない」
「そいつらを放してやれ。いいなお前ら、これ以上恥を晒そうってんなら俺が相手だ」
(……嬉しいねえ。こんな奴がいるんなら、ここもまだ…… 捨てたもんじゃない)
「キシュウさーん!!」
解放されて駆け寄る三人を見ると、キシュウから鬼の形相は忽ち消え失せ、いつものだらしない笑みを浮かべた。
「キシュウさん、しっかりして下さい! キシュウさんッ!!」
「おーお、痛って…… はは、もう立てやしねえ……。」
緊張を解いたキシュウの顔色はみるみる青ざめ、脂汗が吹き出していた。卒倒する前に自ら座り込んで啖呵を切ったのも、捨て身のハッタリだった。
「キシュウさん…… すいません、俺達のために……!」
キシュウの手を握りながら、シバは大粒の涙を流していた。
「よせよせ、安いもんだよ……
武器や兵力は金で買える。だが人を本気で動かしたきゃ、それだけじゃ駄目さね。
……アキタも泣くな。お前が泣いちゃ、弟分が安心できねえよ」
必死に隠していた動揺を見抜かれ、アキタは涙を抑えきれなくなった。震える手を握り締め、止血を続ける。
「……はい……ッ。
キシュウさん…… 何としてでも、助けてみせます!」
「……それじゃ、俺のホームに運んでくれねえか。いい医者がいるんだ…… サイガってんだ、口は悪いが腕はいい。生きてさえいりゃ、きっと何とかしてくれる……」
その様子を横目に見ながら、部下を撤収させるドーベルマンは疑問を感じていた。
(キシュウという男…不義を働き組織に見捨てられたと聞いていたが…… あれほどの侠(おとこ)が?
おかしい…… 何かが引っかかる)
--数年後、大規模な抗争を経て幹部となったドーベルマンは、プレッジハウンドからの謹慎を解き、キシュウとスカービーストに全面協力の約定を結ぶ。またこの件で部下の蛮行を恥じた彼は構成員達を一から鍛え直し、後の最終決戦でキシュウの許に駆け付けた時には、全ての構成員が任侠の志を備えた勇士となっていた。
--
スカービーストの本部へ向かう一行。トサに抱き抱えられたキシュウの指示で、街外れの廃ビルの中を駆け抜けてゆく。その間にもキシュウの声は力を失っていく。
「……次の階段を…… 下りて、右へ…… そう、あの…… 突き当たり──」
ごぼりと、嫌な音を聞いた、気がした。
「キシュウさん……? キシュウさん!?」
返事はなかった。キシュウの口からは血が流れ出し、両の目は焦点を失い、さっきまでトサに掴まっていた手は力なく垂れていた。
焦るシバを宥めつつ、一行は言われた突き当たりまで辿り着くと、すぐそばに明かりのついたドアがあった。辺りには消毒の匂いが漂い、機械音が微かに漏れ聞こえていた。アキタは用心しつつドアを開けた。
「医者は、サイガという医者はいるか!?」
「なんだ。ここは部外者は…」
立ち上がったサイガは一行を見て顔色を変える。
「キシュウ…!?」
銃創複数、出血多量、呼吸微弱、意識レベル3。一目でそこまで見抜いたサイガは突然トサに叫んだ。
「そこへ運べッ!!」
「はッ、はい!」
見ず知らずの優男の威圧感に押され、トサはサイガが指差した特殊ストレッチャーへキシュウを横たえる。
「緊急オペの準備を! 気道確保に酸素、人工心肺もだ。バイタルと透視の用意はあるな。輸血はO/+、弾の確認急げ」
その間にも恐ろしい手際で準備を進めるサイガ。すっかり気圧されるトサ達を尻目に、助手のギニーがストレッチャーを奥へ運ぶと、手術着を用意しながらサイガは淡白に告げる。
「患者は預かった、最善は尽くす。貴様らはなんだ、知らんが外へ出ろ。不衛生だ」
(うわぁ、たしかに口悪いよこの人!)
(思ったのと違うな……)
軽くショックを受けるシバとトサ。アキタも呆気に取られていたが、間もなく我に返るとサイガの前に勢いよく土下座した。
シバとトサは思わず顔を見合せたが、すぐさまアキタの両脇に並んだ。
「お願いします!!
兄貴…… キシュウさんを、必ず助けて下さい!!
お願いします!!!」
自然と声を合わせ、懸命に叫ぶ三人。
少し驚いた表情でそれを見ていたサイガは、淡々と言った。
「……何を喚こうが、オレのやる事は変わらない」
「……!」
悲痛な表情で顔を上げるアキタ。
「言ったはずだ、最善は尽くすと。死んでなきゃあ、生き返してやる」
その言葉と冷静な目は冷たいようでいて、確たる信念を感じさせた。大丈夫、信じていい…… キシュウさんが託した男だ。アキタは不安を押し殺し、手術室へ入っていくサイガを見守った。
手術を進めながらサイガは珍しく物思う。
(こいつ…… 只の遊び人じゃないとは思っていたが。何を背負っているというのか……)
(誰が何を言おうが変わらない…… やれる事は全てやる、それで死んだらそこまでだ。元々感情論の立ち入る余地は無い。
だが…… あんな奴らがいてくれるなら、きっと悪くない)
サイガに追い出されたアキタ、シバ、トサの三人はなすすべなく医務室そばの廊下に座り込んでいた。
『……そこの三人』
突然声が響き、三人は瞬時に警戒態勢を取った。見える範囲に人影はない。声のした辺りに目を凝らすと、医務室正面の天井に防犯カメラらしき物があった。
『まずは、キシュウを運んでくれた礼を言う。貴殿らが何者か、何ゆえ其処に留まるのか、聞かせてはもらえまいか』
声の出処はその防犯カメラに間違いなさそうだった。アキタがシバとトサに目配せをすると、三人は無言でカメラに背を向けて立ち、服の背を捲り上げた。
『……!
プレッジハウンド…… そうか、そういう事か』
声の主はグリズリーである。カメラの映像を通し、三人の背にプレッジハウンドの紋を認めたグリズリーは、キシュウの話していた腹心達が彼らであると悟った。
『……貴殿らの事は聞いている。粗末だが寝床と食事くらいは用意しよう』
少し離れたドアが開き、レッキスが出てきて手招きをした。
「……有難うございます、しかしお構いなく。ここで待たせて頂きます」
敵地とは言わないまでも、他組織に身を任せ、供されたものを口にしようというほど、不用心な彼らではなかった。
『そうか…… このカメラは常に機能している。何かあれば言ってくれ』
何時間経ったろうか、シバは胡座のまま眠りこけ、アキタもうつらうつらとし始めた頃、医務室の扉が乱暴に開き、三人は慌てて身構えた。部屋から顔を出したのはサイガだった。
「次だ。怪我をしてる奴は来い」
サイガの目元には若干の疲れが見えたが、恐れ知らずの高圧的な態度は揺るがなかった。
「いえ…… それより、キシュウさんは」
「死んじゃいない」
「……!」
アキタは安堵から一瞬、仲間内の顔に戻りかけたが、それを隠すように深く頭を下げた。
「ありがとう…… ございます……!!」
「だから、怪我のある奴は来い」
「お心遣いは有難いですが、結構です。我々は」
どうにか気を落ち着けて返答するアキタを途中で遮り、サイガは殺気じみた目で睨んだ。
「結構? 誰が貴様らに選択肢をやった。来いと言ってるんだ。三度目だ」
(ひっ)
(なんだこの人!?)
(親切なのか、なんなのか……)
三人の戦士はこの生白い医者にすっかり迫力負けし、すごすごと医務室に入っていった。
--------
「容態はどうなんですか。このまま目覚めないなんてことは」
「状態は安定している。だがいくら何でも、まだ麻酔が……」
しかし、計器の数値を見たサイガは言葉を止めた。ちょうどその時、キシュウはうっすらと目を開けた。
「キ…… キシュウさん!!」
駆け寄った三人、そしてサイガに視線を泳がせ、酸素マスクの下からキシュウはぼんやりと呟いた。
「いよ~ォ…… 無事か。なによりだ……」
最後に見たキシュウの顔は死人同然だった。かつてそんなキシュウを見た事はなかった。それがいつものにやけ顔に戻り、気が抜けたアキタは思わずベッドに崩れかかった。
「よかった、キシュウさん……
……本当に、ありがとうございます……」
「オレは現実的に可能な処置をしただけだ。生き延びたのはこいつがゴキブリより頑丈だからだ」
「ゴキ……」
不必要に口汚いサイガにシバは眉をひそめる。
「……あんがとな、坊(ぼん)……」
まだ意識が混濁しているのだろう、キシュウは随分昔の呼び方をこぼした。当時から毛嫌いしていたその呼称にサイガは血走った目で睨み返すが、キシュウはそのまま眠りに就いた。
「まだ6時間は起きないはずだが…… どうしてこうデタラメなんだ、こいつは」
サイガは毒づくと、足早に処置室へと去っていった。
--------
手術から丸一日、キシュウはいつもの軽口を叩けるまでに回復していた。
「この被弾で? 立って歩いて? ひとり斬ったと? ……脳検査も必要だったか」
「ちょっ、嘘じゃないって~。もー信用ないんだから、サッちゃんてば」
「……次の包帯交換の時、唐辛子でも巻き込んでやろうか」
「いやあああ!」
キシュウに付き添って一夜を過ごした三人は、彼の“表の顔”の間抜け加減に困惑しきりだった。
(……ちょっと、本当に大丈夫なんですか、キシュウさん)
「だーいじょぶ、だいじょぶ。いい奴らだよ…… まだ若いが、お前らの志とはきっと通じる所がある。……残念ながら、今のプレッジハウンドよりはな」
--------
「起きているか、キシュウ」
太い声が響き、グリズリーがのそりと病室の入口をくぐった。
「よーう、おかげさんで」
「話は聞いた。命があってなによりだが…… いくら何でも無謀が過ぎる。下手をすれば、いや上手くすればか、一発目で即死だぞ」
「いやいや、それが出来そうな奴なら流石にふっかけねえよ。エモノもお粗末だったしな」
「それにしたって、助からん可能性は充分にあった」
「そん時ゃそん時さ。あいつらに根性見せなきゃ、しゃしゃり出た意味がねえからよ」
「そんな事をせずとも、あの三人には信望厚いではないか」
「いんや、あのチンピラ共の方さ。今のあいつら、銃さえ出せば相手がビビると思ってやがる…… もっとコエーもんを見た事がないんだろうね。じゃあ見せてやろうと思ったわけ」
キシュウは軽く息をつき、枕に深く頭を沈めた。
「力で脅そうって輩は、裏を返せば力に屈するわけだ。それじゃ何も成せやしねえ……」
(圧倒的な物量の不利をひっくり返して、大望を果たそうなんて気概は…… な)
──
「プレッジハウンド、ボルゾイ組のスパニエルだ。てめーがあの初代幹部だって? もうジジイじゃねえか!早いとこ棺桶に入った方がよさそうだな、あ? 手伝ってやろうか」
下卑た笑いを浮かべながら、キシュウに銃を向け挑発するスパニエル。
「五発か」
スパニエルの残弾数を見抜いたキシュウは、矢庭に上半身の服を脱ぎ捨てた。日頃の態度からは想像もつかない鍛え上げられた肉体に、総刺青が顕となった。
「いいぜ、撃ちな。
逃げも隠れもしねえ、防弾着もねえ。
撃てよ。その五発で俺が殺せると思うならな」
不敵に笑うキシュウの気迫に竦み上がるスパニエル。
「どうした、来ねえならこっちからいくぜ」
一振りの脇差だけを手に、泰然と歩みを進めるキシュウ。
「う……、うわあ!」
一発。
一発目はキシュウの脇腹の肉を削ぎ取った。だがキシュウはニヤリと笑い、更に歩を進める。
「ひっ……」
二発。
三発。
怯えたスパニエルの弾丸は、キシュウの横を掠めるばかり。
「オイオイ勿体ねえな。的が近くへ寄ってくるのに、どうして外しちまうんだい」
四発。
左肩に衝撃を受け、立ち止まるキシュウ。しかし幾秒と待たず歩き出す。スパニエルとの距離は、刀の間合いに迫ろうとしていた。
「し……ししし、死ねえ!」
五発。
最後の弾丸はキシュウの右胸を貫通し、背中の刺青から血が流れはじめた。
「キ、キシュウさん!!」
たまらず悲痛な声をあげるシバ。トサとアキタも歯を食いしばり、縋るように見守る。
立ち尽くすキシュウ。
がたがたと震えながら、引き金を引き続けるスパニエル。弾の切れた銃はがちがちと鈍い音を立てる。その目の前で、キシュウはゆっくりと脇差を持ち上げた。
「……どうした……
まだ…… 立ってるぜ。
……俺の勝ちだな」
次の瞬間白刃きらめき、ややあってスパニエルの首は地に落ちた。
慄きどよめくプレッジハウンドの面々を見据え、キシュウは返り血を浴びながら、どっかと胡座をかいた。
「さあて…まだやるやつァ、いるかい」
思わず後退る構成員達。その中から一際大柄な男が歩み出た。プレッジハウンド幹部補佐のドーベルマンである。
「御見事だ。部下がつまらねえ真似をした、非礼を詫びよう。あんたに敬意を表して、金輪際あんた達に手出しはさせねえ」
「そいつはありがたいや」
「兄貴、どうしてですか!今ならまとめて……」
横からそう囁いた部下は、ドーベルマンの拳に頬骨を粉砕され無様に転がった。
「ふざけんじゃねえ! この大立ち回りを見て何も思わねえってのか。てめえそれでも、盃に誓った同志か! 姑息な虫ケラに成り下がるなら、出ていきやがれ!!」
「おほォ、云うじゃない」
「そいつらを放してやれ。いいなお前ら、これ以上恥を晒そうってんなら俺が相手だ」
(……嬉しいねえ。こんな奴がいるんなら、ここもまだ…… 捨てたもんじゃない)
「キシュウさーん!!」
解放されて駆け寄る三人を見ると、キシュウから鬼の形相は忽ち消え失せ、いつものだらしない笑みを浮かべた。
「キシュウさん、しっかりして下さい! キシュウさんッ!!」
「おーお、痛って…… はは、もう立てやしねえ……。」
緊張を解いたキシュウの顔色はみるみる青ざめ、脂汗が吹き出していた。卒倒する前に自ら座り込んで啖呵を切ったのも、捨て身のハッタリだった。
「キシュウさん…… すいません、俺達のために……!」
キシュウの手を握りながら、シバは大粒の涙を流していた。
「よせよせ、安いもんだよ……
武器や兵力は金で買える。だが人を本気で動かしたきゃ、それだけじゃ駄目さね。
……アキタも泣くな。お前が泣いちゃ、弟分が安心できねえよ」
必死に隠していた動揺を見抜かれ、アキタは涙を抑えきれなくなった。震える手を握り締め、止血を続ける。
「……はい……ッ。
キシュウさん…… 何としてでも、助けてみせます!」
「……それじゃ、俺のホームに運んでくれねえか。いい医者がいるんだ…… サイガってんだ、口は悪いが腕はいい。生きてさえいりゃ、きっと何とかしてくれる……」
その様子を横目に見ながら、部下を撤収させるドーベルマンは疑問を感じていた。
(キシュウという男…不義を働き組織に見捨てられたと聞いていたが…… あれほどの侠(おとこ)が?
おかしい…… 何かが引っかかる)
--数年後、大規模な抗争を経て幹部となったドーベルマンは、プレッジハウンドからの謹慎を解き、キシュウとスカービーストに全面協力の約定を結ぶ。またこの件で部下の蛮行を恥じた彼は構成員達を一から鍛え直し、後の最終決戦でキシュウの許に駆け付けた時には、全ての構成員が任侠の志を備えた勇士となっていた。
--
スカービーストの本部へ向かう一行。トサに抱き抱えられたキシュウの指示で、街外れの廃ビルの中を駆け抜けてゆく。その間にもキシュウの声は力を失っていく。
「……次の階段を…… 下りて、右へ…… そう、あの…… 突き当たり──」
ごぼりと、嫌な音を聞いた、気がした。
「キシュウさん……? キシュウさん!?」
返事はなかった。キシュウの口からは血が流れ出し、両の目は焦点を失い、さっきまでトサに掴まっていた手は力なく垂れていた。
焦るシバを宥めつつ、一行は言われた突き当たりまで辿り着くと、すぐそばに明かりのついたドアがあった。辺りには消毒の匂いが漂い、機械音が微かに漏れ聞こえていた。アキタは用心しつつドアを開けた。
「医者は、サイガという医者はいるか!?」
「なんだ。ここは部外者は…」
立ち上がったサイガは一行を見て顔色を変える。
「キシュウ…!?」
銃創複数、出血多量、呼吸微弱、意識レベル3。一目でそこまで見抜いたサイガは突然トサに叫んだ。
「そこへ運べッ!!」
「はッ、はい!」
見ず知らずの優男の威圧感に押され、トサはサイガが指差した特殊ストレッチャーへキシュウを横たえる。
「緊急オペの準備を! 気道確保に酸素、人工心肺もだ。バイタルと透視の用意はあるな。輸血はO/+、弾の確認急げ」
その間にも恐ろしい手際で準備を進めるサイガ。すっかり気圧されるトサ達を尻目に、助手のギニーがストレッチャーを奥へ運ぶと、手術着を用意しながらサイガは淡白に告げる。
「患者は預かった、最善は尽くす。貴様らはなんだ、知らんが外へ出ろ。不衛生だ」
(うわぁ、たしかに口悪いよこの人!)
(思ったのと違うな……)
軽くショックを受けるシバとトサ。アキタも呆気に取られていたが、間もなく我に返るとサイガの前に勢いよく土下座した。
シバとトサは思わず顔を見合せたが、すぐさまアキタの両脇に並んだ。
「お願いします!!
兄貴…… キシュウさんを、必ず助けて下さい!!
お願いします!!!」
自然と声を合わせ、懸命に叫ぶ三人。
少し驚いた表情でそれを見ていたサイガは、淡々と言った。
「……何を喚こうが、オレのやる事は変わらない」
「……!」
悲痛な表情で顔を上げるアキタ。
「言ったはずだ、最善は尽くすと。死んでなきゃあ、生き返してやる」
その言葉と冷静な目は冷たいようでいて、確たる信念を感じさせた。大丈夫、信じていい…… キシュウさんが託した男だ。アキタは不安を押し殺し、手術室へ入っていくサイガを見守った。
手術を進めながらサイガは珍しく物思う。
(こいつ…… 只の遊び人じゃないとは思っていたが。何を背負っているというのか……)
(誰が何を言おうが変わらない…… やれる事は全てやる、それで死んだらそこまでだ。元々感情論の立ち入る余地は無い。
だが…… あんな奴らがいてくれるなら、きっと悪くない)
サイガに追い出されたアキタ、シバ、トサの三人はなすすべなく医務室そばの廊下に座り込んでいた。
『……そこの三人』
突然声が響き、三人は瞬時に警戒態勢を取った。見える範囲に人影はない。声のした辺りに目を凝らすと、医務室正面の天井に防犯カメラらしき物があった。
『まずは、キシュウを運んでくれた礼を言う。貴殿らが何者か、何ゆえ其処に留まるのか、聞かせてはもらえまいか』
声の出処はその防犯カメラに間違いなさそうだった。アキタがシバとトサに目配せをすると、三人は無言でカメラに背を向けて立ち、服の背を捲り上げた。
『……!
プレッジハウンド…… そうか、そういう事か』
声の主はグリズリーである。カメラの映像を通し、三人の背にプレッジハウンドの紋を認めたグリズリーは、キシュウの話していた腹心達が彼らであると悟った。
『……貴殿らの事は聞いている。粗末だが寝床と食事くらいは用意しよう』
少し離れたドアが開き、レッキスが出てきて手招きをした。
「……有難うございます、しかしお構いなく。ここで待たせて頂きます」
敵地とは言わないまでも、他組織に身を任せ、供されたものを口にしようというほど、不用心な彼らではなかった。
『そうか…… このカメラは常に機能している。何かあれば言ってくれ』
何時間経ったろうか、シバは胡座のまま眠りこけ、アキタもうつらうつらとし始めた頃、医務室の扉が乱暴に開き、三人は慌てて身構えた。部屋から顔を出したのはサイガだった。
「次だ。怪我をしてる奴は来い」
サイガの目元には若干の疲れが見えたが、恐れ知らずの高圧的な態度は揺るがなかった。
「いえ…… それより、キシュウさんは」
「死んじゃいない」
「……!」
アキタは安堵から一瞬、仲間内の顔に戻りかけたが、それを隠すように深く頭を下げた。
「ありがとう…… ございます……!!」
「だから、怪我のある奴は来い」
「お心遣いは有難いですが、結構です。我々は」
どうにか気を落ち着けて返答するアキタを途中で遮り、サイガは殺気じみた目で睨んだ。
「結構? 誰が貴様らに選択肢をやった。来いと言ってるんだ。三度目だ」
(ひっ)
(なんだこの人!?)
(親切なのか、なんなのか……)
三人の戦士はこの生白い医者にすっかり迫力負けし、すごすごと医務室に入っていった。
--------
「容態はどうなんですか。このまま目覚めないなんてことは」
「状態は安定している。だがいくら何でも、まだ麻酔が……」
しかし、計器の数値を見たサイガは言葉を止めた。ちょうどその時、キシュウはうっすらと目を開けた。
「キ…… キシュウさん!!」
駆け寄った三人、そしてサイガに視線を泳がせ、酸素マスクの下からキシュウはぼんやりと呟いた。
「いよ~ォ…… 無事か。なによりだ……」
最後に見たキシュウの顔は死人同然だった。かつてそんなキシュウを見た事はなかった。それがいつものにやけ顔に戻り、気が抜けたアキタは思わずベッドに崩れかかった。
「よかった、キシュウさん……
……本当に、ありがとうございます……」
「オレは現実的に可能な処置をしただけだ。生き延びたのはこいつがゴキブリより頑丈だからだ」
「ゴキ……」
不必要に口汚いサイガにシバは眉をひそめる。
「……あんがとな、坊(ぼん)……」
まだ意識が混濁しているのだろう、キシュウは随分昔の呼び方をこぼした。当時から毛嫌いしていたその呼称にサイガは血走った目で睨み返すが、キシュウはそのまま眠りに就いた。
「まだ6時間は起きないはずだが…… どうしてこうデタラメなんだ、こいつは」
サイガは毒づくと、足早に処置室へと去っていった。
--------
手術から丸一日、キシュウはいつもの軽口を叩けるまでに回復していた。
「この被弾で? 立って歩いて? ひとり斬ったと? ……脳検査も必要だったか」
「ちょっ、嘘じゃないって~。もー信用ないんだから、サッちゃんてば」
「……次の包帯交換の時、唐辛子でも巻き込んでやろうか」
「いやあああ!」
キシュウに付き添って一夜を過ごした三人は、彼の“表の顔”の間抜け加減に困惑しきりだった。
(……ちょっと、本当に大丈夫なんですか、キシュウさん)
「だーいじょぶ、だいじょぶ。いい奴らだよ…… まだ若いが、お前らの志とはきっと通じる所がある。……残念ながら、今のプレッジハウンドよりはな」
--------
「起きているか、キシュウ」
太い声が響き、グリズリーがのそりと病室の入口をくぐった。
「よーう、おかげさんで」
「話は聞いた。命があってなによりだが…… いくら何でも無謀が過ぎる。下手をすれば、いや上手くすればか、一発目で即死だぞ」
「いやいや、それが出来そうな奴なら流石にふっかけねえよ。エモノもお粗末だったしな」
「それにしたって、助からん可能性は充分にあった」
「そん時ゃそん時さ。あいつらに根性見せなきゃ、しゃしゃり出た意味がねえからよ」
「そんな事をせずとも、あの三人には信望厚いではないか」
「いんや、あのチンピラ共の方さ。今のあいつら、銃さえ出せば相手がビビると思ってやがる…… もっとコエーもんを見た事がないんだろうね。じゃあ見せてやろうと思ったわけ」
キシュウは軽く息をつき、枕に深く頭を沈めた。
「力で脅そうって輩は、裏を返せば力に屈するわけだ。それじゃ何も成せやしねえ……」
(圧倒的な物量の不利をひっくり返して、大望を果たそうなんて気概は…… な)
[ 閉じる ]
グリズリーに別れを告げ(エピソード「決戦の前」を参照)、アジトの出口へ向かうキシュウは、ふと気配を感じて振り返った。正確には防御の構えを取った。そこに飛び込んできたのは、テンの鋭い蹴りであった。
格闘術においてキシュウを強者と認めるテンは、宣告するとしないとに関わらず、これまで何度も彼に挑んできた。キシュウもその相手を楽しんでいた。手合わせはいつになく熱を帯び、肌を打つ音は次第に骨を捉えて重くなり、二人の眼光は鋭さを増していった。ついに、テンはキシュウの突きを捌ききれずに崩れ落ちた。
「ん~惜しかったねぇ。どうしたの、そんなに熱くなっちゃって。久しぶりじゃん」
気色の悪い声色でふざけるキシュウに、テンは乱れた息のまま真顔で返す。
「戻らないつもりですか」
その言葉に、キシュウのにやけ笑いは途切れた。
武人の嗅覚が、キシュウの隠した覚悟を嗅ぎ取ったのだろう。鋭いな、とキシュウは再び口元を緩めた。
「……だとしたら?」
「それは困る。貴方からは、まだ学ぶ事がある」
キシュウの笑みは再び消えた。
研鑽の相手を、目指す頂を、失うとはどういうことか、自分はよく知っていた。
それは遠い昔に刻まれた忘れえぬ痛みだった。
(そうか…… 俺はいつの間にか、誰かのそっち側に…
笑っちまうよ、お師匠。俺はあんたに名前も貰えず仕舞いだったのに)
「お前さんなら、一人でも高みを目指せるさ」
その答えの残酷さも、ようく知っていた。
「……でも時にゃ、麓に下りてみても良いんだぜ」
「麓……?」
「目指すものは違っても、共に歩んでくれる奴らはいる。視野さえ広げれば、お前は独りじゃない」
「……」
テンを引き起こすと、キシュウは踵を返そうとした。
「キシュウ、
……さん」
(さん?) そんな呼ばれ方をした事があったっけ。キシュウは足を止め、ゆるりと振り返った。
テンに似合わぬ弱気な瞳だった。
迷っていた。
死地に赴く決意の者を、止められるはずもない。なのに何を言おうと呼び留めたのか、テン自身にもわからなかった。
(恩義はある。
技量は認める。
それ以外は何もない。ないはずだ…
なのに何故、胸がざわめく…… 僕は何を……?)
とん。
キシュウの拳が、テンの胸を軽く突いた。
無我の突きだった。
雲のように。
風のように。
そしてキシュウは空のように、晴れやかな微笑を湛えていた。
「長生きしろよ」
どれほどの時が経ったろうか。
ひとり、残されたテンは、静かに膝を折り座り込んだ。
(僕は……
もっと、あなたを知りたかった…
強さとは、闘いとは何か。何を思い、どう生きたのか…)
胸を押さえるテンの瞳に、とめどなく涙が溢れていた。
どんな打撃よりも強く、どんな傷よりも深く、胸を貫いた美しきもの。
(すべてが、あの拳に宿っていた。
忘れない…… きっと生涯、忘れはしない……)
格闘術においてキシュウを強者と認めるテンは、宣告するとしないとに関わらず、これまで何度も彼に挑んできた。キシュウもその相手を楽しんでいた。手合わせはいつになく熱を帯び、肌を打つ音は次第に骨を捉えて重くなり、二人の眼光は鋭さを増していった。ついに、テンはキシュウの突きを捌ききれずに崩れ落ちた。
「ん~惜しかったねぇ。どうしたの、そんなに熱くなっちゃって。久しぶりじゃん」
気色の悪い声色でふざけるキシュウに、テンは乱れた息のまま真顔で返す。
「戻らないつもりですか」
その言葉に、キシュウのにやけ笑いは途切れた。
武人の嗅覚が、キシュウの隠した覚悟を嗅ぎ取ったのだろう。鋭いな、とキシュウは再び口元を緩めた。
「……だとしたら?」
「それは困る。貴方からは、まだ学ぶ事がある」
キシュウの笑みは再び消えた。
研鑽の相手を、目指す頂を、失うとはどういうことか、自分はよく知っていた。
それは遠い昔に刻まれた忘れえぬ痛みだった。
(そうか…… 俺はいつの間にか、誰かのそっち側に…
笑っちまうよ、お師匠。俺はあんたに名前も貰えず仕舞いだったのに)
「お前さんなら、一人でも高みを目指せるさ」
その答えの残酷さも、ようく知っていた。
「……でも時にゃ、麓に下りてみても良いんだぜ」
「麓……?」
「目指すものは違っても、共に歩んでくれる奴らはいる。視野さえ広げれば、お前は独りじゃない」
「……」
テンを引き起こすと、キシュウは踵を返そうとした。
「キシュウ、
……さん」
(さん?) そんな呼ばれ方をした事があったっけ。キシュウは足を止め、ゆるりと振り返った。
テンに似合わぬ弱気な瞳だった。
迷っていた。
死地に赴く決意の者を、止められるはずもない。なのに何を言おうと呼び留めたのか、テン自身にもわからなかった。
(恩義はある。
技量は認める。
それ以外は何もない。ないはずだ…
なのに何故、胸がざわめく…… 僕は何を……?)
とん。
キシュウの拳が、テンの胸を軽く突いた。
無我の突きだった。
雲のように。
風のように。
そしてキシュウは空のように、晴れやかな微笑を湛えていた。
「長生きしろよ」
どれほどの時が経ったろうか。
ひとり、残されたテンは、静かに膝を折り座り込んだ。
(僕は……
もっと、あなたを知りたかった…
強さとは、闘いとは何か。何を思い、どう生きたのか…)
胸を押さえるテンの瞳に、とめどなく涙が溢れていた。
どんな打撃よりも強く、どんな傷よりも深く、胸を貫いた美しきもの。
(すべてが、あの拳に宿っていた。
忘れない…… きっと生涯、忘れはしない……)
[ 閉じる ]
「んー嫌いなんだよねこういうの、動きにくくってさ」
ドミナント・エイプに攻め込む決戦の日。プレッジハウンドの皆が防弾ベストを装備する中、キシュウは子供のように渋っていた。
「駄目です! ワガママ言ってる場合ですか。早々に死なれちゃあ困るんです」
そのキシュウに防弾ベストを突きつけ、アキタがぴしゃりと窘めた。折り目正しいこの男がキシュウに対して、上から物を言うような態度は初めてだった。
大決戦に臨む覚悟と、キシュウを死なせたくない正直な思いが、その瞳を熱く燃やしていた。
アキタを次代のリーダー格として高く買いながらも、少々押しに欠けると常々思っていたキシュウは、つい無防備に顔を綻ばせた。
(いけねぇ…… 感傷なんざ無用だっての。ここからは一瞬の迷いが生死を分ける、解ってる筈なのにな)
「うんうん、アキちゃんも貫禄が出てきたねぇ」
「冗談はいいですから!」
ベストを羽織らせようとして、触れたキシュウの肩の感触にアキタははっとした。
トサやドーベルマンのような巨躯に比べれば、キシュウはそこまで大柄な体格ではない。着衣の上からは痩せ型に見えるほどだ。しかし、そのシャツに隠された筋肉の頑健さにアキタは慄いた。
生身の人間なのか、これが。
編み上げられたザイルのような。
稽古を付けてもらった数ヶ月前より、更に絞り込まれている。着けようとしている防弾ベストよりも、遥かに強靭に感じられた。
(これが、この人の覚悟……。
鬼神と謳われた伝説の初代幹部…… この人と共に闘えるなら、何も恐れるものはない)
これが武者震いというものか。アキタはかつてない昂りを鎮めるように、口を真一文字に結んで支度を続けた。
ドミナント・エイプに攻め込む決戦の日。プレッジハウンドの皆が防弾ベストを装備する中、キシュウは子供のように渋っていた。
「駄目です! ワガママ言ってる場合ですか。早々に死なれちゃあ困るんです」
そのキシュウに防弾ベストを突きつけ、アキタがぴしゃりと窘めた。折り目正しいこの男がキシュウに対して、上から物を言うような態度は初めてだった。
大決戦に臨む覚悟と、キシュウを死なせたくない正直な思いが、その瞳を熱く燃やしていた。
アキタを次代のリーダー格として高く買いながらも、少々押しに欠けると常々思っていたキシュウは、つい無防備に顔を綻ばせた。
(いけねぇ…… 感傷なんざ無用だっての。ここからは一瞬の迷いが生死を分ける、解ってる筈なのにな)
「うんうん、アキちゃんも貫禄が出てきたねぇ」
「冗談はいいですから!」
ベストを羽織らせようとして、触れたキシュウの肩の感触にアキタははっとした。
トサやドーベルマンのような巨躯に比べれば、キシュウはそこまで大柄な体格ではない。着衣の上からは痩せ型に見えるほどだ。しかし、そのシャツに隠された筋肉の頑健さにアキタは慄いた。
生身の人間なのか、これが。
編み上げられたザイルのような。
稽古を付けてもらった数ヶ月前より、更に絞り込まれている。着けようとしている防弾ベストよりも、遥かに強靭に感じられた。
(これが、この人の覚悟……。
鬼神と謳われた伝説の初代幹部…… この人と共に闘えるなら、何も恐れるものはない)
これが武者震いというものか。アキタはかつてない昂りを鎮めるように、口を真一文字に結んで支度を続けた。
[ 閉じる ]
数年後、生まれ変わったプレッジハウンドがキシュウの許に馳せ参じ、仇敵との最終決戦が行われる。
今のプレッジハウンドは正に、キシュウと彼の盟友が描いた理想の体現であった。その姿、そしてそれを実現したのがあのドーベルマンであった事にキシュウは深く感じ入り、男冥利に尽きると悦んで参戦する。その働きは正に鬼神の如くであったと、後にドーベルマンは語る。
(俺が、俺達が見た夢はここに叶った……。見てるかマスチフ、お前の無念を晴らせる日が遂に来た。最高の夜だ)
──その数日前、キシュウはディンゴを極秘に呼び出していた。
「俺の古巣…… プレッジハウンドが戦支度をしてるのは勘付いてるよな」
「ええ。何があるというんです」
キシュウは微かに修羅の眼を覗かせ、にやりと笑った。
「ドミナントエイプをツブす」
「な……!?」
「あの連中を良く思う奴は居ねえだろうが、中でも俺達にとっちゃ不倶戴天の敵でな。昔っから、血で血を洗う争いをずっと続けてきた…文字通り犬(hound)猿(ape)の仲ってヤツさ。何十年待ったか、その決着を付ける時が遂に来たってわけだ」
「あれは一小国にも匹敵する巨大組織…… いくら何でもムチャですよ!」
「そう言うなよ、俺らもそこそこデカくなったんだぜ。それでよ、お前さんを見込んで頼みたいんだが」
「……はい」
「スカービーストは動くな。絶対にだ。俺が噛んでる事も知らせるな」
「な、なぜです!? あなたの為とあらば、オレ達はいつでも……!」
「ダメだ。ここだけは、そういう不毛な潰し合いに手を出すな」
「……!?」
「復讐が復讐を呼び、潰しては潰され…… はぐれ者どもがやる事はどこも同じだ。だけど、ここだけは違う。スカービーストは“調停者”になるんだ。
──でかい戦になる。お前さん達はそこに加わるんじゃなく、見届けるんだ。その後に、俺達みたいな連中が生きられる道を創るんだよ」
--------
(……やべえな、痛くねえわ……。今度ばっかりは助からねえな。
手も足もどこに付いてんだか、どうやって動いてんだかわかんねえ……
でも、もうちっとだけ…… 最後の仕事を終えるまで、もってくれよな。
……?)
その時、背負ったシバの体が急に軽くなった気がして、キシュウは横を見やった。
「……なんだよ、お前かよ……。」
キシュウは自分に肩を貸す、亡き盟友マスチフの姿を見た。その顔は穏やかに微笑み、礼でも言っているようだった。
「……ちょうどいいや。こいつを届けたら、俺も連れてってくれよ」
--------
その戦いが終結した頃、スカービースト医務室の扉を叩く者があった。サイガが扉を開けると、そこには血染めのキシュウがシバを抱えて立っていた。
「……よ、ただいま」
「またか。あんたはいつも無茶を」
「今日は俺じゃねえ。こいつを頼む」
意識を失ったシバをサイガに引き渡すキシュウ。
「……俺じゃないって、あんたは」
言いかけて、サイガは言葉を失った。
キシュウは、いつものように笑ったまま音もなくくずおれ、冷たい床にその身を預けた。
その顔色、体勢と反応、全ては骸のそれであった。
どんな救命処置も徒労に終わるであろうことが、他ならぬサイガの目には判ってしまった。
「……勝手な時に来て、オレに出来ない事を置いていきやがって……。
ふざけるなよ、どいつもこいつも」
己が命を捨ててサイガを生かしたレオの姿が脳裏をよぎる。
「ふざけるなよ……」
数時間後、目を覚ましたシバは病室にいた。傍に座っていたのはサイガだった。
「……アキ…… 兄…… トサ兄… ……キシュウさん……
キシュウさんは!?」
意識がはっきりしてくると、シバは飛び起きてサイガに詰め寄った。サイガは目を逸らすことなく、ゆっくりと首を横に振った。
「……そんな………
俺を運んでくれたの、キシュウさんだろ!? なんで、なんで助けてくんなかったんだよゥ!!」
サイガの胸倉を掴み上げ、筋違いとは知りながらも感情を抑えられないシバ。
「お前を引き渡した瞬間、こと切れていた……」
「……!!」
「致命傷が複数あった。歩くどころか意識がある事さえ、ましてや人一人運ぶなど到底ありえない状態だった。
いつぞやもそんな具合だったな。全くムチャクチャな奴だ」
「………」
サイガを掴むシバの腕は震え、振り上げた拳は次第に下りていった。
「どうした、殴らないのか。
オレは人を庇うようなたちじゃないが、奴の代わりに殴られてやるくらいは吝かじゃない」
シバは力なくサイガを放し、崩れるように跪いた。その足元に二滴、三滴と涙が落ち、シバは地に手をついて慟哭した。
サイガは柄にもなく、いつまでも、シバの傍に立っていた。
その頃、キシュウの遺した情報端末上には情報ファイル群が現れていた。そこには様々な組織や政府勢力に関して、キシュウがこれまでに集めた有用な情報がぎっしりと収められていた。それを発見したディンゴは内容を確認しながら、改めて深い悲しみに沈んでいた。
(なんて、大きな存在だったことか……
それでいてオレ達が頼り過ぎないよう、適度な距離を置いてくれていた。
オレもあの人のようにならなければ……
……いや、違うのか?)
その時、ディンゴの中でキシュウの笑う声がした。
『それだよ、それがいけねえや。お前さんは真面目すぎんだよ。好きに行きな、心配ない。お前の選んだ事なら、仲間は必ずついてくるさ』
(……そうか、オレに必要なのは、誰かの代わりになる事じゃない。オレのやり方…… 自分自身を信じることか…… ありがとう、キシュウさん)
ふとディンゴは手を止めた。ファイルの最後に、短い一文が添えられていた。
「ディンゴよ。迷ったら、生きる方を選べよ」
(あなたが……
あなたが、それを言いますか……)
両眼を失った身体でなければ、涙を流せたろうか。ディンゴは肩を震わせ、画面の前から動けずにいた。
数日後、決戦を生き残ったアキタとトサがスカービーストを訪れシバと再会する。
サイガはキシュウの遺体に一通りの保護処理を施し、彼等に引き渡した。
「お前達で弔ってやるんだな。そいつの顔は、もう見たくない」
「何を……」
「アキ兄。」
語気を荒げようとしたアキタをシバが止める。サイガの許で数日を過ごしたシバには、刺々しい言葉が彼なりの親愛と悲しみの表れだと判った。
(次代の為に命を賭すか…… アイツと似た様な事をしやがって。オレは怒ってるんだからな、キシュウ)
背中を向けて俯くサイガに、アキタもその心の内を察し、深々と頭を下げた。
「……ありがとう、ございました」
「……。
そうだ、シバといったか。お前の奥歯にICチップを埋め込んでおいた」
「はっ!?」
沈痛な空気の中、突拍子もない話にシバは頓狂な声を上げた。
「ここの構成員がセキュリティチェックに使っているものだ。そう頻繁に邪魔されても困るが、門前払いはしないでおく」
「……!」
--------
プレッジハウンドへ帰る道すがら、キシュウの遺体を担いだトサが珍しく口を開く。
「……アキタ。お前はただの鉄砲玉で終わる器じゃない、これからのプレッジハウンドを背負って立つ男だ。俺には判る。
だからよ……
そんなに泣き虫じゃ、示しがつかんぞ」
「…………」
アキタの頬にはいつしか、滂沱の涙が流れていた。
大決戦の特攻隊長として、シバとトサの頼るべき兄貴分として、ずっと張り詰めてきた緊張の糸はもはや擦り切れ、そこにはいつもキシュウに「泣き虫」とからかわれた心優しき青年アキタがいた。
「……ああ。きっと、笑われてるな……。」
流れる涙もそのままに、アキタは昔のように微笑んだ。
「……トサ兄がそんなに喋るなんて、雨が降るな」
茶化すシバの声も、震えていた。シバはぐいと目を擦り自分に言い聞かせた。
(俺は、俺はもう泣き尽くした。強くならなきゃ。強くなってアキ兄達を支えるんだ。キシュウさんにもらった命なんだから)
今のプレッジハウンドは正に、キシュウと彼の盟友が描いた理想の体現であった。その姿、そしてそれを実現したのがあのドーベルマンであった事にキシュウは深く感じ入り、男冥利に尽きると悦んで参戦する。その働きは正に鬼神の如くであったと、後にドーベルマンは語る。
(俺が、俺達が見た夢はここに叶った……。見てるかマスチフ、お前の無念を晴らせる日が遂に来た。最高の夜だ)
──その数日前、キシュウはディンゴを極秘に呼び出していた。
「俺の古巣…… プレッジハウンドが戦支度をしてるのは勘付いてるよな」
「ええ。何があるというんです」
キシュウは微かに修羅の眼を覗かせ、にやりと笑った。
「ドミナントエイプをツブす」
「な……!?」
「あの連中を良く思う奴は居ねえだろうが、中でも俺達にとっちゃ不倶戴天の敵でな。昔っから、血で血を洗う争いをずっと続けてきた…文字通り犬(hound)猿(ape)の仲ってヤツさ。何十年待ったか、その決着を付ける時が遂に来たってわけだ」
「あれは一小国にも匹敵する巨大組織…… いくら何でもムチャですよ!」
「そう言うなよ、俺らもそこそこデカくなったんだぜ。それでよ、お前さんを見込んで頼みたいんだが」
「……はい」
「スカービーストは動くな。絶対にだ。俺が噛んでる事も知らせるな」
「な、なぜです!? あなたの為とあらば、オレ達はいつでも……!」
「ダメだ。ここだけは、そういう不毛な潰し合いに手を出すな」
「……!?」
「復讐が復讐を呼び、潰しては潰され…… はぐれ者どもがやる事はどこも同じだ。だけど、ここだけは違う。スカービーストは“調停者”になるんだ。
──でかい戦になる。お前さん達はそこに加わるんじゃなく、見届けるんだ。その後に、俺達みたいな連中が生きられる道を創るんだよ」
--------
(……やべえな、痛くねえわ……。今度ばっかりは助からねえな。
手も足もどこに付いてんだか、どうやって動いてんだかわかんねえ……
でも、もうちっとだけ…… 最後の仕事を終えるまで、もってくれよな。
……?)
その時、背負ったシバの体が急に軽くなった気がして、キシュウは横を見やった。
「……なんだよ、お前かよ……。」
キシュウは自分に肩を貸す、亡き盟友マスチフの姿を見た。その顔は穏やかに微笑み、礼でも言っているようだった。
「……ちょうどいいや。こいつを届けたら、俺も連れてってくれよ」
--------
その戦いが終結した頃、スカービースト医務室の扉を叩く者があった。サイガが扉を開けると、そこには血染めのキシュウがシバを抱えて立っていた。
「……よ、ただいま」
「またか。あんたはいつも無茶を」
「今日は俺じゃねえ。こいつを頼む」
意識を失ったシバをサイガに引き渡すキシュウ。
「……俺じゃないって、あんたは」
言いかけて、サイガは言葉を失った。
キシュウは、いつものように笑ったまま音もなくくずおれ、冷たい床にその身を預けた。
その顔色、体勢と反応、全ては骸のそれであった。
どんな救命処置も徒労に終わるであろうことが、他ならぬサイガの目には判ってしまった。
「……勝手な時に来て、オレに出来ない事を置いていきやがって……。
ふざけるなよ、どいつもこいつも」
己が命を捨ててサイガを生かしたレオの姿が脳裏をよぎる。
「ふざけるなよ……」
数時間後、目を覚ましたシバは病室にいた。傍に座っていたのはサイガだった。
「……アキ…… 兄…… トサ兄… ……キシュウさん……
キシュウさんは!?」
意識がはっきりしてくると、シバは飛び起きてサイガに詰め寄った。サイガは目を逸らすことなく、ゆっくりと首を横に振った。
「……そんな………
俺を運んでくれたの、キシュウさんだろ!? なんで、なんで助けてくんなかったんだよゥ!!」
サイガの胸倉を掴み上げ、筋違いとは知りながらも感情を抑えられないシバ。
「お前を引き渡した瞬間、こと切れていた……」
「……!!」
「致命傷が複数あった。歩くどころか意識がある事さえ、ましてや人一人運ぶなど到底ありえない状態だった。
いつぞやもそんな具合だったな。全くムチャクチャな奴だ」
「………」
サイガを掴むシバの腕は震え、振り上げた拳は次第に下りていった。
「どうした、殴らないのか。
オレは人を庇うようなたちじゃないが、奴の代わりに殴られてやるくらいは吝かじゃない」
シバは力なくサイガを放し、崩れるように跪いた。その足元に二滴、三滴と涙が落ち、シバは地に手をついて慟哭した。
サイガは柄にもなく、いつまでも、シバの傍に立っていた。
その頃、キシュウの遺した情報端末上には情報ファイル群が現れていた。そこには様々な組織や政府勢力に関して、キシュウがこれまでに集めた有用な情報がぎっしりと収められていた。それを発見したディンゴは内容を確認しながら、改めて深い悲しみに沈んでいた。
(なんて、大きな存在だったことか……
それでいてオレ達が頼り過ぎないよう、適度な距離を置いてくれていた。
オレもあの人のようにならなければ……
……いや、違うのか?)
その時、ディンゴの中でキシュウの笑う声がした。
『それだよ、それがいけねえや。お前さんは真面目すぎんだよ。好きに行きな、心配ない。お前の選んだ事なら、仲間は必ずついてくるさ』
(……そうか、オレに必要なのは、誰かの代わりになる事じゃない。オレのやり方…… 自分自身を信じることか…… ありがとう、キシュウさん)
ふとディンゴは手を止めた。ファイルの最後に、短い一文が添えられていた。
「ディンゴよ。迷ったら、生きる方を選べよ」
(あなたが……
あなたが、それを言いますか……)
両眼を失った身体でなければ、涙を流せたろうか。ディンゴは肩を震わせ、画面の前から動けずにいた。
数日後、決戦を生き残ったアキタとトサがスカービーストを訪れシバと再会する。
サイガはキシュウの遺体に一通りの保護処理を施し、彼等に引き渡した。
「お前達で弔ってやるんだな。そいつの顔は、もう見たくない」
「何を……」
「アキ兄。」
語気を荒げようとしたアキタをシバが止める。サイガの許で数日を過ごしたシバには、刺々しい言葉が彼なりの親愛と悲しみの表れだと判った。
(次代の為に命を賭すか…… アイツと似た様な事をしやがって。オレは怒ってるんだからな、キシュウ)
背中を向けて俯くサイガに、アキタもその心の内を察し、深々と頭を下げた。
「……ありがとう、ございました」
「……。
そうだ、シバといったか。お前の奥歯にICチップを埋め込んでおいた」
「はっ!?」
沈痛な空気の中、突拍子もない話にシバは頓狂な声を上げた。
「ここの構成員がセキュリティチェックに使っているものだ。そう頻繁に邪魔されても困るが、門前払いはしないでおく」
「……!」
--------
プレッジハウンドへ帰る道すがら、キシュウの遺体を担いだトサが珍しく口を開く。
「……アキタ。お前はただの鉄砲玉で終わる器じゃない、これからのプレッジハウンドを背負って立つ男だ。俺には判る。
だからよ……
そんなに泣き虫じゃ、示しがつかんぞ」
「…………」
アキタの頬にはいつしか、滂沱の涙が流れていた。
大決戦の特攻隊長として、シバとトサの頼るべき兄貴分として、ずっと張り詰めてきた緊張の糸はもはや擦り切れ、そこにはいつもキシュウに「泣き虫」とからかわれた心優しき青年アキタがいた。
「……ああ。きっと、笑われてるな……。」
流れる涙もそのままに、アキタは昔のように微笑んだ。
「……トサ兄がそんなに喋るなんて、雨が降るな」
茶化すシバの声も、震えていた。シバはぐいと目を擦り自分に言い聞かせた。
(俺は、俺はもう泣き尽くした。強くならなきゃ。強くなってアキ兄達を支えるんだ。キシュウさんにもらった命なんだから)
[ 閉じる ]
絡み合う運命、「キシュウ」と「テン」の物語はこちら
※関連の深い2キャラクターのエピソードを時系列順にまとめた特設ページです。各エピソードは本ページにも掲載しています。クーガー /男/外見20代前半/186cm/weapon:狙撃銃、銃器全般
「……接近戦は専門外だ。保証はしない」スカービースト戦闘員。銃器の扱い、特に遠距離狙撃に超人的な精度を誇るスナイパー。性格は非常に淡白で無口、やや気まぐれな所があり、作戦行動にも必ず参加する訳ではない。
常に着けている幅広のヘアバンドの下には、頭蓋をぐるりと囲む大きな手術痕がある。
本名はヨアキムといい、軍人であった。軍役で半身不随の重傷を負った彼は、表向きには戦死と発表され、「タロス・プロジェクト」(優秀な技を持ちながら負傷で戦力外となった熟練兵の脳をセルフクローン身体に移植し蘇らせる政府の極秘研究)の被験体にされていた。しかし一時心神喪失状態に陥り逃走、スカービーストに保護される。現在精神状態は概ね安定しているが、過去の記憶は一部混乱しており、稀に全身が激しい幻肢痛に見舞われる。また、自分という存在の実存性に自信が持てず漠然とした不安を抱えている。
ところがある時、智蹄連(ヂーティリェン)の薬学研究員と偶然出会った際に、彼女が自分の娘ウルリカ・ストリャヴナであると気付き、過去の記憶を思い出すと、前述の症状はぱったりと消え情動も回復する。
(この手も足もすべて、俺のものじゃない…… 全身が、精神と肉体との間さえもが、ばらばらに千切れてしまいそうだ。
俺は何だ? 俺は軍人で、政府の被験体で、……それから? 俺などという人間はそもそも存在するのか? 何故、こんな体になってまで生きている。俺は、俺は……
……何かとても大事なものを、忘れている気がする……)
Cougar[英]クーガー、クーガ;ピューマ(puma)の別名
- エピソード「蘇る過去、そして未来」
作戦行動中、逃げ遅れた智蹄連研究員の救出に向かったクーガー。だが研究員アンテロープは指示に従わず研究室へ戻ろうとする。
「前に出るな」
クーガーは咄嗟にアンテロープの腕を掴み引き寄せた。
「ちょっと、何よ!」
そのとき、彼女の顔を目にしたクーガーに電撃が走った。忘れていた、失くしていた最も大事なもの…… 自分が何者であるのか、その存在を構成する最も大きなピース。降り注ぐ滝のように過去の記憶が蘇り、クーガーは瞬時にして全てを理解した。
「………ウルリカ…… ストリャヴナ……!!!」
「え…… えっ!? どどど、どうしてそれを」
自分の組織にも明かしていない本名を呼ばれた彼女はひどく狼狽する。
「……君は理解しなくていい。ただ感謝する。ひとりの人生がいま救われた。君のことは、私が守る」
顔を上げたクーガーの瞳には涙が溢れ、かつてない光が宿っていた。
---
アンテロープを背負って走るクーガーの背中に、熱い雫の染む感触があった。
(出血か?外傷は無いようだったが……)
「……… 父…… さん?」
その声にクーガーは一瞬、足を止めた。
「……ううん、何を言ってるんだろう…… そんな訳ないわ、何がどうあっても。
でも…… どうしてか、涙が止まらないの……」
次々とクーガーの背を濡らす、その雫は涙だった。
(この背中の温かみ、知ってる気がする……)
クーガーの背に負われた感触が幼少の記憶を呼び起こし、理性に反して彼女に確信させつつあった。
彼が、死んだはずの、でなければ年老いたはずの、最愛の、父であると。
---
事態が落ち着いた後、組織で再会する二人。
「えっと、あの…… と、……父……」
口ごもる彼女にクーガーはくすりと微笑む。
「呼びにくいだろう。クーガーでいい」
「だ、だって、父さんだもの……」
スタインボックはアンテロープの恥じらう顔に、スカービーストの面々はクーガーの笑顔に、驚きのあまり言葉も出なかった。
---
スカービーストにて、医務室の扉を開ける者があった。
「よう」
「クーガーか。何だ、また痛むのか」
「それがな」
(ん?)
そんな喋り方をする奴だったかな、とサイガははたと手を止めた。クーガーは一息置いて柔らかに微笑むと、医務室の壁にもたれかかった。
「……ぱったり無くなったんだ。痛みも、不安も」
その仕草にサイガは、彼に起きた劇的な変化を悟った。それは、痛みが消えたという内容以上の大事件に違いなかった。
「詳しく聞かせろ」
「おや、君が他人に興味を持つなんて珍しいな」
「お前にじゃない、症例にだ。なんだ、急に愛想づいて薄気味悪い」
「随分な言われようだな」
くすくすと笑うクーガーは、かつての彼とは別人であった。いや今の姿こそがかつての彼、ヨアキムという男だったのだ。長い苦境を経て彼は自分を取り戻し、守りたかったものと、新たに守るべきものを手に入れた。
---
「そういう訳だ、これからもよろしく頼む」
今までのあらましを話し、穏やかに微笑むクーガー。その変わりように困惑を隠せないスカービーストの面々。
「無論スカービーストには大恩がある。だが今の私にとって最も大切なものは、娘だ。もし万が一、智蹄連(ヂーティリェン)と敵対するような事があれば、私は娘につく。悪いがそれだけは表明させてもらう。駄目なら除名してもらっても構わない」
クーガーの鋭い眼光には、今までのような冷たさではなく、強い意志の火が灯っていた。
「何の問題があるものか。彼らには世話になっているし、今後とも懇意にさせてもらうさ。こちらこそよろしく、クーガー」
間をおかずディンゴは手を差し出し、しっかりと握手を交わした。
「前に出るな」
クーガーは咄嗟にアンテロープの腕を掴み引き寄せた。
「ちょっと、何よ!」
そのとき、彼女の顔を目にしたクーガーに電撃が走った。忘れていた、失くしていた最も大事なもの…… 自分が何者であるのか、その存在を構成する最も大きなピース。降り注ぐ滝のように過去の記憶が蘇り、クーガーは瞬時にして全てを理解した。
「………ウルリカ…… ストリャヴナ……!!!」
「え…… えっ!? どどど、どうしてそれを」
自分の組織にも明かしていない本名を呼ばれた彼女はひどく狼狽する。
「……君は理解しなくていい。ただ感謝する。ひとりの人生がいま救われた。君のことは、私が守る」
顔を上げたクーガーの瞳には涙が溢れ、かつてない光が宿っていた。
---
アンテロープを背負って走るクーガーの背中に、熱い雫の染む感触があった。
(出血か?外傷は無いようだったが……)
「……… 父…… さん?」
その声にクーガーは一瞬、足を止めた。
「……ううん、何を言ってるんだろう…… そんな訳ないわ、何がどうあっても。
でも…… どうしてか、涙が止まらないの……」
次々とクーガーの背を濡らす、その雫は涙だった。
(この背中の温かみ、知ってる気がする……)
クーガーの背に負われた感触が幼少の記憶を呼び起こし、理性に反して彼女に確信させつつあった。
彼が、死んだはずの、でなければ年老いたはずの、最愛の、父であると。
---
事態が落ち着いた後、組織で再会する二人。
「えっと、あの…… と、……父……」
口ごもる彼女にクーガーはくすりと微笑む。
「呼びにくいだろう。クーガーでいい」
「だ、だって、父さんだもの……」
スタインボックはアンテロープの恥じらう顔に、スカービーストの面々はクーガーの笑顔に、驚きのあまり言葉も出なかった。
---
スカービーストにて、医務室の扉を開ける者があった。
「よう」
「クーガーか。何だ、また痛むのか」
「それがな」
(ん?)
そんな喋り方をする奴だったかな、とサイガははたと手を止めた。クーガーは一息置いて柔らかに微笑むと、医務室の壁にもたれかかった。
「……ぱったり無くなったんだ。痛みも、不安も」
その仕草にサイガは、彼に起きた劇的な変化を悟った。それは、痛みが消えたという内容以上の大事件に違いなかった。
「詳しく聞かせろ」
「おや、君が他人に興味を持つなんて珍しいな」
「お前にじゃない、症例にだ。なんだ、急に愛想づいて薄気味悪い」
「随分な言われようだな」
くすくすと笑うクーガーは、かつての彼とは別人であった。いや今の姿こそがかつての彼、ヨアキムという男だったのだ。長い苦境を経て彼は自分を取り戻し、守りたかったものと、新たに守るべきものを手に入れた。
---
「そういう訳だ、これからもよろしく頼む」
今までのあらましを話し、穏やかに微笑むクーガー。その変わりように困惑を隠せないスカービーストの面々。
「無論スカービーストには大恩がある。だが今の私にとって最も大切なものは、娘だ。もし万が一、智蹄連(ヂーティリェン)と敵対するような事があれば、私は娘につく。悪いがそれだけは表明させてもらう。駄目なら除名してもらっても構わない」
クーガーの鋭い眼光には、今までのような冷たさではなく、強い意志の火が灯っていた。
「何の問題があるものか。彼らには世話になっているし、今後とも懇意にさせてもらうさ。こちらこそよろしく、クーガー」
間をおかずディンゴは手を差し出し、しっかりと握手を交わした。
[ 閉じる ]
レッキス /男/11歳/130cm/weapon:暗器、爆発物
スカービースト構成員。主に偵察行動を担当する。半サイボーグで外見に似合わぬ身体能力を持ち、頭脳も明晰。明るく時に悪戯っぽい性格で、子供らしく無邪気な振る舞いを見せる事もあるが、どこか演技的なところもある。Rex[英]レッキス;フランスに起源を持つカイウサギの品種。短毛種だが毛皮の質が非常によいため毛皮にも使われる
- エピソード「仮面の下」
実は他組織のスパイであり、作戦行動中ディンゴらに毒を盛り重要な情報を持って逃亡する。
(ごめんよディンゴ、なるべく苦しまない薬を選んだから……。ボクは初めからこの為にスカービーストに近付いたんだ。そう、いちばん最初から)
しかし元の組織に帰ったレッキスは、成果を渡すと銃を向けられ、用済みと宣告される。
「なんだ、案外おめでたい奴だな。人を騙しておいて、自分は同じ目に遭わないとでも?」
(そんな、そんな……
それじゃボクは何の為にディンゴを、あの人達を…… 仲間を捨てたっていうんだ……)
絶望し激昂したレッキスは相手に掴みかかろうとするが、相手はおもむろに手元のスイッチを入れた。電流が走るような痛みと共に手足が激しく引き攣り、体の自由を失ったレッキスは地面に倒れ込んだ。
「緊急停止用のスタン機構さ…… お前のような戦闘機械を、首輪も着けずに飼っていると思ったか。そうなっては只のガキ以下だな」
脇から歩み出た戦闘員がレッキスの喉元を掴み、高々と持ち上げた。苦しげに呻き振りほどこうとするレッキスだが、手も足も思うようには動かない。
「いつの世も、知りすぎた奴は消される結末さ。洗脳して再利用するくらいなら、新しい駒を用意した方が安いってもんだ。あばよ、坊主」
(て、抵抗できない…… 殺される……!
……抵抗する意味なんて、あるのか?
仲間を裏切り、主人に裏切られ…… ボクにはもう何もない。もう、生きる意味も……)
--------
レッキスは追ってきたスカービーストの面々に助けられるが、裏切者の自分には到底スカービーストに戻る資格など無いと打ちひしがれる。そこへディンゴが声をかける。
「この件はオレの一存では決められない。チームワークに関わる問題だ。
皆、後ろを向いて目を瞑れ。オレがいいと言うまで決して見るな。
一切の駆け引きなく、各自一人で決断しろ。
レッキスを再び迎え入れたいと思う者は、オレの合図で手を差し伸べろ。
ひとつでも手が出されたなら、お前には帰ってくる権利がある。だが強制はしない。
皆いいか、いくぞ。5、4……」
レッキスはぎゅっと目を瞑った。
「3……」
罪の意識に耐えられない。
「2……」
許してなんて貰えなくていい、このまま逃げ出してしまいたい。
「1……」
そんな恐れに潰されそうな目を、漸くこじ開けたその時。
「0」
そこには、全員の手が差し出されていた。
誰も何も言わなかった。
思い思いに伸ばされた手は、どんな言葉より強く語っていた。
長い長い沈黙の後、ディンゴは弱々しい感触に気付くと優しく微笑んだ。
「……もういいぞ、皆」
レッキスはディンゴの指先を遠慮がちに握り、声もなく泣き崩れていた。やっと歳相応の少年に戻ったように、ただただ泣いていた。
「おかえり、レッキス」
(ごめんよディンゴ、なるべく苦しまない薬を選んだから……。ボクは初めからこの為にスカービーストに近付いたんだ。そう、いちばん最初から)
しかし元の組織に帰ったレッキスは、成果を渡すと銃を向けられ、用済みと宣告される。
「なんだ、案外おめでたい奴だな。人を騙しておいて、自分は同じ目に遭わないとでも?」
(そんな、そんな……
それじゃボクは何の為にディンゴを、あの人達を…… 仲間を捨てたっていうんだ……)
絶望し激昂したレッキスは相手に掴みかかろうとするが、相手はおもむろに手元のスイッチを入れた。電流が走るような痛みと共に手足が激しく引き攣り、体の自由を失ったレッキスは地面に倒れ込んだ。
「緊急停止用のスタン機構さ…… お前のような戦闘機械を、首輪も着けずに飼っていると思ったか。そうなっては只のガキ以下だな」
脇から歩み出た戦闘員がレッキスの喉元を掴み、高々と持ち上げた。苦しげに呻き振りほどこうとするレッキスだが、手も足も思うようには動かない。
「いつの世も、知りすぎた奴は消される結末さ。洗脳して再利用するくらいなら、新しい駒を用意した方が安いってもんだ。あばよ、坊主」
(て、抵抗できない…… 殺される……!
……抵抗する意味なんて、あるのか?
仲間を裏切り、主人に裏切られ…… ボクにはもう何もない。もう、生きる意味も……)
--------
レッキスは追ってきたスカービーストの面々に助けられるが、裏切者の自分には到底スカービーストに戻る資格など無いと打ちひしがれる。そこへディンゴが声をかける。
「この件はオレの一存では決められない。チームワークに関わる問題だ。
皆、後ろを向いて目を瞑れ。オレがいいと言うまで決して見るな。
一切の駆け引きなく、各自一人で決断しろ。
レッキスを再び迎え入れたいと思う者は、オレの合図で手を差し伸べろ。
ひとつでも手が出されたなら、お前には帰ってくる権利がある。だが強制はしない。
皆いいか、いくぞ。5、4……」
レッキスはぎゅっと目を瞑った。
「3……」
罪の意識に耐えられない。
「2……」
許してなんて貰えなくていい、このまま逃げ出してしまいたい。
「1……」
そんな恐れに潰されそうな目を、漸くこじ開けたその時。
「0」
そこには、全員の手が差し出されていた。
誰も何も言わなかった。
思い思いに伸ばされた手は、どんな言葉より強く語っていた。
長い長い沈黙の後、ディンゴは弱々しい感触に気付くと優しく微笑んだ。
「……もういいぞ、皆」
レッキスはディンゴの指先を遠慮がちに握り、声もなく泣き崩れていた。やっと歳相応の少年に戻ったように、ただただ泣いていた。
「おかえり、レッキス」
[ 閉じる ]
ジャガー /男/18歳/170cm/weapon:ショットガン/skill:機械類全般
スカービーストのメカニック。元の名はアレックスといい、表社会に暮らすごく普通の少年だったが、ある武装組織の抗争に巻き込まれて妹アリスを失い、自らも重傷を負ってスカービーストに拾われた。妹の生存は絶望的だと思いつつも、諦めきれず探し続けている。大きく損傷した右眼周辺には拡大鏡等の機能を備えた特殊バイザーを着け、戦闘時にはショットガンや各種機器を用いる。
妹を探すことを組織に居る理由だとしてきたが、ある時遂に彼女の遺骨を手にする事になってしまう。
「たぶん、どこかでは分かってたんだ…… ただ認めるのが怖かったんだ。信じてると思い込んで、逃げていただけなんだ。だけど…… だけど、会いたかったな……」
人が変わった様に塞ぎ込むジャガーにディンゴは「お前は表社会にも戻れる身だ。ここにいる理由が無くなったというなら無理強いはしない、ゆっくり考えるといい」と言葉をかける。数日の後、ジャガーはスカービーストの仲間達と歩み続ける事を決める。
Jaguar[英]ジャガー;トラ・ライオンに次いで大型のネコ科動物。がっしりとした体格で木登りもできる
ギニー /男/30歳/175cm
サイガの助手。肥満体型で普段はおっとりしているが仕事は迅速。乾皮症で日の下に出られない為、組織の建物から出る事はない。内気で食いしん坊、動物好き。Guinea pig[英]ギニー・ピッグ;モルモット
- エピソード
敵がスカービースト本部へ侵入した混戦時、サイガが撃たれる。その姿にコヨーテを重ねてしまったディンゴは冷静さを失い、必要以上に敵を攻撃しようとするが、倒れたサイガが手痛い一撃でそれを窘める。
「この、大バカが…… お前は一番、『そう』なってはいかん奴だろうが!」
「……!
……す、すまない……」
我に返り自責の念に沈むディンゴをよそに、重傷の体で自ら手術台へ向かうサイガ。局所麻酔をかけ特殊マニピュレータで自ら執刀するとギニーに指示する。
「ム、ムチャです先生(ドク)!」
「他に誰がやる…… 出来ない、んだろう?意気地無し」
「……!!」
「オレは、無理は頼まん…確実な方を取る」
消え入るような声でそう言い放ち、準備を進めるサイガ。
そのサイガに最も痛いところを突かれたギニーは、顔を伏せて押し黙った。責任を負うのが恐いから常に指示を待ち、自分で判断しようとはしない、彼自身そんな自分を情けなく思っていた。サイガは日頃それを非難などしなかったが、やはりそう思われていたのだ、しかも諦められているのだ…。見放されることは、叱責より罵倒より辛いものだった。しかし突如、彼はサイガに向き直り叫んだ。
「ドク、ぼくがやります!!ぼく…… ぼくが、この手で治しますッ!!」
「……!」
気弱なギニーがそんな表情を見せたのは初めてだった。元来刺々しいサイガの目つきが、微かに緩んだように見えた。
「……ならば任せる。全麻(全身麻酔)に変更だ」
「は…… はい!」
ギニーが手術の用意を整え、サイガに麻酔が効き始める。
「……いいか、何も考えるな。いつも見ている事をやれ…… 心配ない、お前は全部…… 知っている……」
この男が他人の心情など気に掛けるのは、ギニーの知る限り初めてだった。ギニーからいつもの臆病な表情は消え去り、その手はよどみなく動きはじめた。
「この、大バカが…… お前は一番、『そう』なってはいかん奴だろうが!」
「……!
……す、すまない……」
我に返り自責の念に沈むディンゴをよそに、重傷の体で自ら手術台へ向かうサイガ。局所麻酔をかけ特殊マニピュレータで自ら執刀するとギニーに指示する。
「ム、ムチャです先生(ドク)!」
「他に誰がやる…… 出来ない、んだろう?意気地無し」
「……!!」
「オレは、無理は頼まん…確実な方を取る」
消え入るような声でそう言い放ち、準備を進めるサイガ。
そのサイガに最も痛いところを突かれたギニーは、顔を伏せて押し黙った。責任を負うのが恐いから常に指示を待ち、自分で判断しようとはしない、彼自身そんな自分を情けなく思っていた。サイガは日頃それを非難などしなかったが、やはりそう思われていたのだ、しかも諦められているのだ…。見放されることは、叱責より罵倒より辛いものだった。しかし突如、彼はサイガに向き直り叫んだ。
「ドク、ぼくがやります!!ぼく…… ぼくが、この手で治しますッ!!」
「……!」
気弱なギニーがそんな表情を見せたのは初めてだった。元来刺々しいサイガの目つきが、微かに緩んだように見えた。
「……ならば任せる。全麻(全身麻酔)に変更だ」
「は…… はい!」
ギニーが手術の用意を整え、サイガに麻酔が効き始める。
「……いいか、何も考えるな。いつも見ている事をやれ…… 心配ない、お前は全部…… 知っている……」
この男が他人の心情など気に掛けるのは、ギニーの知る限り初めてだった。ギニーからいつもの臆病な表情は消え去り、その手はよどみなく動きはじめた。
[ 閉じる ]
テン /男/23歳/169cm/skill:格闘術、気功
「……下がって下さい、僕の出番だ」「馬鹿なのか、生身で銃に勝てる訳がないだろう。撃たせないように立ち回るだけだ」
スカービースト戦闘員。精悍な肉体を持つ肉弾対人戦闘のエキスパート。
武器や義肢など何らかの金属を身に着ける者が多い組織の中で、一片の金属も持たず生粋の肉体と身体感覚だけで行動する異色の戦闘員。強磁気環境や金属探知下、極端な狭所など、他の戦闘員が不利となる特殊な場合のみ出動する。その反面、機械には滅法弱く、携帯電話すら満足に扱えない。
武道で培われた平常心で常に平静に状況を判断する。現実主義的で素っ気ない言動が目立つが、義理堅く信頼のおける男。強靭な精神力の持ち主だが、仇敵への憎しみに我を忘れないよう自分を律することを課題とし、もし冷静さを欠けば危うい一面がある。その怨恨から近代兵器そのものを嫌悪しており、機械嫌いもその一環である。
低温・低酸素・飢餓等の危機的状況に際しては、呼吸法と気功の応用で自ら仮死状態に入る技術を持つ。その場合は西洋医学的な蘇生処置を施すと却って脳組織を傷つける為、自力で蘇生するのを待って欲しいと周囲に託けている。
テン(貂);イタチの仲間。雑食性だが肉も好んで食べる。横切ると縁起が悪い、キツネやタヌキ以上に化けるなどという伝承もある。またキテン(ホンドテン)の毛皮は最高級とされる
- エピソード「孤高の戦士」
- エピソード「克己」
- エピローグ※全体エピローグ
- 関連エピソード:キシュウを参照
数年前、都会から離れた山間部にとある武道集団が居を構えていた。彼らは武術修行に全てを捧げる非営利組織で、地域への慈善活動によって僅かな返礼を得る他は自給自足の生活をしていた。テンは、その門前に捨てられた孤児であり、師と同胞達の愛情を受けて育てられた。
しかしそこに、ある武力組織の魔の手が迫る。重火器や大量破壊兵器を多数有し、示威行為の矛先を探していた非道な組織が、近代兵器を持たない彼らを欲望のままに蹂躙した。
山は焼け落ち、テンは一人生き残った。瀕死の師父に復讐を誓おうとしたテンは「憎むな」と諭されるが、気持ちの整理をつけられないまま街に彷徨い出る。
----
グリズリーとキシュウは、件の組織の動きを聞きつけて調査に出たところだった。数キロ先からも山火事が視認でき、街はざわめいていた。
「……オイ、何だあれ」
遥か前方の人影に、キシュウはなにか異様なものを感じた。
ひどく汚れた風体の小柄な人物。しかし浮浪者などではなかった。全身は血と煤に塗れ、表情は死人のよう。目だけは猛禽のごとく鋭く、ただならぬ憎悪を宿していた。
修羅、と形容するに相応しかった。
「あの服装と煤汚れ…… 火事……? もしや、襲われたという武道集団の生き残りでは」
「だろうな、どう見ても一般市民じゃねえや」
「消耗しているようだな。まだ子供ではないか。保護してやりたい所だが、話が通じる相手だろうか」
若き修羅はふらりふらりと、こちらに近づいてくる。カンフー映画さながらの前時代的な出立ち。武器も持っていないように見える。キシュウはつい個人的な興味を抑えきれなくなった。
「コレ、ちょっくら預かってくんねえか」
キシュウは銃と弾薬、ナイフなどの武器一式をグリズリーに渡した。
「どうした、何をする気だ」
「もしもだよ。あの坊やが『武道家』って絶滅危惧種だとしたら…… 制圧より交渉より、効くものがあんのさ」
心配するグリズリーを制し、キシュウはテンに向かって話しかけた。
「このご時世に身一つとはね。いいねえ、ちっとオジさんと遊ばないかい」
「……」
彼は無言だったが、剥き出しの戦意が明白な答えを示していた。
「……俺は無いと踏んだが、もし飛び道具を出すようなら、頼んだぜ」
キシュウはグリズリーにそう囁くと、テンに近付いていった。
拳と拳、肌と肌で対峙する感触は幾年振りか。粟立つ高揚感を噛み殺し、薄笑いの仮面をまとう。
警戒すべき距離に近づくや、
テンの姿が、視界から消えた。
しかし歴戦の経験則が、キシュウの身体を既に反応させていた。そういう場合に狙われるのは──
地を舐めるようなテンの足払いは空を切り、飛び退ったキシュウの上体へ向けて切り返した。それも予測していたキシュウは躱し、近付いたテンの目元へ拳を見舞った。テンはその腕を取り、逆の手刀で喉元を狙う。
「!」
手刀は弾き返され、テンは水月に一撃を受けた。ふっ、と息が漏れ、警戒したテンは大きく後退して体勢を整える。
キシュウは口笛を鳴らし、小躍りするように向き直る。
脱力、落下、慣性を利用し、予備動作を生じない“抜き”の動作。相手の攻撃を手繰り寄せ、打撃の威力を増す攻守一体のカウンター。一級品の技術だ。さっきの鳩尾も、生半可な鍛え方なら動けなくなるはずだ。
(素晴らしい。やはり、例の武道集団の一員に間違いない。
この技を伝えた一門が、恐らくは失われてしまったのか……。
…表社会で安穏とは生きられそうにない、疵の持ち主。スカービーストの同胞として迎え入れるには充分だ。このまま暴れて逮捕などされては、本人にとっても不本意だろう)
離れて見守るグリズリーは警戒しながらも、ふたりの体術に魅了されていた。
反撃を受けたテンは、わずかに正気を取り戻していた。
単なる打撲とは違う、骨の髄まで響く武術の技。それこそが彼の日常だった、ほんの半日前までの日常だった。だからこそ本来の彼を呼び起こした。
(これは…… 誰だ……
僕は何をしている…… なぜ闘っている? 僕は今までなにを……?
……いや、闘っている以上、闘うしかない。今この場がすべてだ)
亡者のようだったこの若者に冷静さが戻るのを、キシュウは感じ取った。
(目が、変わったな。さあて、何を見せてくれるのか)
今の俺は、スカービーストだ。生きる者を庇護し、争いを鎮める立場だ。
今やるべき事は、暴漢の鎮圧…… この坊やの保護だ。闘うことでも殺傷することでもない。
(気をつけねえと、忘れちまいそうだ……)
生きるための、死なないための、手段であったはずの拳。銃と策謀の日々を経て、それはいつしか眩しく渇望するものとなっていた。
数秒の間をおいて、新たな闘いが始まった。
突き、蹴り、払い、崩しに関節、あらゆる攻撃の応酬。打ち打たれるほどに、テンの所作は正確さを増し多彩になっていく。我を忘れた亡者は、気高き闘士へと蘇りつつあった。
テンは腎臓(キドニー)を狙い、死角から背中へ蹴りを入れたつもりだった。が、キシュウは身を捩り肘で受けた。
(防がれた…!?)
その回転に乗って鋭い回し蹴りが、続いて逆足の後ろ回し蹴りがテンを襲う。リーチの長さではキシュウに分がある。テンは辛うじてその蹴りを捌き、一気に間合いを詰めると、中段に空いた僅かな隙に渾身の貼山靠(てんざんこう、肩からの体当たり。鉄山靠とも)を叩き込んだ。
微かな呻きと共にキシュウは大きく後退った。しかし、効いた訳ではなかった事にテンは愕然とする。
「おぉ~…… その体格で、こんだけ重いか。イイね」
顔を上げたキシュウは、締まりのない薄笑いでテンを見た。ダメージはおろか、焦りも緊迫も見えない。
(誘われた……? 僕の力量を量る為に……。
それにこいつ、疲れが見えない。親子ほど歳が離れているのに)
ぞくりと鳥肌が立った。テンは深く息をつき集中する。
(ふうん、待つのか。あくまで善人とみえる)
意志を取り戻したテンの戦術から、キシュウはその内面をも洞察していく。
(このタフさ、簡単には有効打を与えられない…… 揺さぶっていく)
テンは縦横無尽に動き回り、あらゆる方向から不意を突こうと試みる。キシュウの方は振り回されてスタミナを失わぬよう、最小限の動きで、しかし抜かりなくテンに対応していた。
(こいつは凄えや。オジさんにはちょっとできない軽業だね)
(それでも、崩せないか……!)
高々と蹴り上げられた足をくぐる形で躱したテンは、バランスを取る為に振り下ろされたキシュウの右手を取った。そこは、致命的な攻撃を受ける事を想定していない、隙だった。その親指が僅かに捻られようとした瞬間、いけない方向だとキシュウは察した。一秒もしない内に走る痛みを、それによって相手が自分を制することを予測した。
それまで、のらりくらりと殺気を隠していたキシュウに、牙を剥くような笑みと、獣の眼光が宿った。
一瞬のうちに、キシュウは右肘を内転しつつ落として親指を振り解き、蹴りから折り返した足でテンの足首を踏み抜き、落とした右肘をテンの顎、少し左寄りから打ち込んだ。テンは間一髪左手で受けたが、その手ごと頭部を揺すられ、一時、判断を失った。
死の香りがした。
自分の学んだ闘い方には、決して存在しなかった状況が。
寒気が、
走るより速く、
テンの身体は大地に引き倒され、その喉元にキシュウの貫手が迫った。
(何となく、わかった……
僕が学んだのは武道。こいつは、武術の技ではあるが、殺人術だ……。優劣の問題じゃない、土俵が違う。武道は勝敗を決するもの、倒せば終わり。この男は、違う…殺されない為に立ち回り、倒したらすぐさま殺す、そういう世界)
「さあて、お前さんは何を求める人かな。強さか、金か、探しものか。あるいは…… 報復か」
報復。
その言葉にテンの目の色が変った。
(おっ?
立つか…… 今度は殺す気で来るか?)
炎に包まれた故郷の光景がフラッシュバックする。鍛えた技を発揮する事も出来ず、ただ無為に殺されていった同胞達。気高き修練の結晶を、面白半分に踏み躙った者達。燃え滾る憎悪が爆発寸前まで昂ったその時、テンの脳裏に師の言葉が響いた。
「テンよ、憎むな……
山は、空は、美しい。
人体は、技は、美しい。
絆は、矜持は美しい……
美しきものを求めよ、真理を探せ。憎きを追うな、呑まれるな。
おまえの時と研鑽は、己を滅ぼす為に費やされたのではない。
天、よ。おまえは--」
激情は溢れる涙へと姿を変え、テンの瞳には澄んだ光が戻った。
「僕は…
……強く、なりたい……」
(許せるわけじゃない。けれど、憎まない。それでいいんですよね、師父……)
(訳あり、か…… 皆そうだよな。俺もこいつぐらいの歳には既に色々あった。しかしこの坊や、短絡的じゃないな。そう出来るものじゃない)
「じゃあ、こんなところで雑に散るのは勿体ないんじゃないの」
キシュウは突きつけた指をはらりと緩め、掌を返して差しのべた。テンは呆けたようにその手を見ていたが、涙を搾り切るように強く目を瞑ると、その手を取って起き上がった。
キシュウはその姿に、いつかの自分を重ねた。
(レオよ…… あんたが俺に声を掛けた理由、何となく分かったような気がするよ)
戻ってきたキシュウ達を、グリズリーは感嘆の眼差しで迎えた。
「礼を言うよ、キシュウ。俺ではこうはいかなかった」
「や、たまたまだよ。まぁ結果オーライだよな」
(目的のために最善策を講じたってより、正直なところ…… 感傷、かな。だってステゴロ勝負なんてさ、懐かしくなっちまった)
※レオ「ひとりの太陽、ふたりの影」を参照
--------
キシュウに敗北を感じたテンはスカービーストの一員となり、新たな研鑽を始める。
(憎しみを克服し、師父の示してくれた道を究める。簡単ではない、でもきっと正しい道だ)
しかしそこに、ある武力組織の魔の手が迫る。重火器や大量破壊兵器を多数有し、示威行為の矛先を探していた非道な組織が、近代兵器を持たない彼らを欲望のままに蹂躙した。
山は焼け落ち、テンは一人生き残った。瀕死の師父に復讐を誓おうとしたテンは「憎むな」と諭されるが、気持ちの整理をつけられないまま街に彷徨い出る。
----
グリズリーとキシュウは、件の組織の動きを聞きつけて調査に出たところだった。数キロ先からも山火事が視認でき、街はざわめいていた。
「……オイ、何だあれ」
遥か前方の人影に、キシュウはなにか異様なものを感じた。
ひどく汚れた風体の小柄な人物。しかし浮浪者などではなかった。全身は血と煤に塗れ、表情は死人のよう。目だけは猛禽のごとく鋭く、ただならぬ憎悪を宿していた。
修羅、と形容するに相応しかった。
「あの服装と煤汚れ…… 火事……? もしや、襲われたという武道集団の生き残りでは」
「だろうな、どう見ても一般市民じゃねえや」
「消耗しているようだな。まだ子供ではないか。保護してやりたい所だが、話が通じる相手だろうか」
若き修羅はふらりふらりと、こちらに近づいてくる。カンフー映画さながらの前時代的な出立ち。武器も持っていないように見える。キシュウはつい個人的な興味を抑えきれなくなった。
「コレ、ちょっくら預かってくんねえか」
キシュウは銃と弾薬、ナイフなどの武器一式をグリズリーに渡した。
「どうした、何をする気だ」
「もしもだよ。あの坊やが『武道家』って絶滅危惧種だとしたら…… 制圧より交渉より、効くものがあんのさ」
心配するグリズリーを制し、キシュウはテンに向かって話しかけた。
「このご時世に身一つとはね。いいねえ、ちっとオジさんと遊ばないかい」
「……」
彼は無言だったが、剥き出しの戦意が明白な答えを示していた。
「……俺は無いと踏んだが、もし飛び道具を出すようなら、頼んだぜ」
キシュウはグリズリーにそう囁くと、テンに近付いていった。
拳と拳、肌と肌で対峙する感触は幾年振りか。粟立つ高揚感を噛み殺し、薄笑いの仮面をまとう。
警戒すべき距離に近づくや、
テンの姿が、視界から消えた。
しかし歴戦の経験則が、キシュウの身体を既に反応させていた。そういう場合に狙われるのは──
地を舐めるようなテンの足払いは空を切り、飛び退ったキシュウの上体へ向けて切り返した。それも予測していたキシュウは躱し、近付いたテンの目元へ拳を見舞った。テンはその腕を取り、逆の手刀で喉元を狙う。
「!」
手刀は弾き返され、テンは水月に一撃を受けた。ふっ、と息が漏れ、警戒したテンは大きく後退して体勢を整える。
キシュウは口笛を鳴らし、小躍りするように向き直る。
脱力、落下、慣性を利用し、予備動作を生じない“抜き”の動作。相手の攻撃を手繰り寄せ、打撃の威力を増す攻守一体のカウンター。一級品の技術だ。さっきの鳩尾も、生半可な鍛え方なら動けなくなるはずだ。
(素晴らしい。やはり、例の武道集団の一員に間違いない。
この技を伝えた一門が、恐らくは失われてしまったのか……。
…表社会で安穏とは生きられそうにない、疵の持ち主。スカービーストの同胞として迎え入れるには充分だ。このまま暴れて逮捕などされては、本人にとっても不本意だろう)
離れて見守るグリズリーは警戒しながらも、ふたりの体術に魅了されていた。
反撃を受けたテンは、わずかに正気を取り戻していた。
単なる打撲とは違う、骨の髄まで響く武術の技。それこそが彼の日常だった、ほんの半日前までの日常だった。だからこそ本来の彼を呼び起こした。
(これは…… 誰だ……
僕は何をしている…… なぜ闘っている? 僕は今までなにを……?
……いや、闘っている以上、闘うしかない。今この場がすべてだ)
亡者のようだったこの若者に冷静さが戻るのを、キシュウは感じ取った。
(目が、変わったな。さあて、何を見せてくれるのか)
今の俺は、スカービーストだ。生きる者を庇護し、争いを鎮める立場だ。
今やるべき事は、暴漢の鎮圧…… この坊やの保護だ。闘うことでも殺傷することでもない。
(気をつけねえと、忘れちまいそうだ……)
生きるための、死なないための、手段であったはずの拳。銃と策謀の日々を経て、それはいつしか眩しく渇望するものとなっていた。
数秒の間をおいて、新たな闘いが始まった。
突き、蹴り、払い、崩しに関節、あらゆる攻撃の応酬。打ち打たれるほどに、テンの所作は正確さを増し多彩になっていく。我を忘れた亡者は、気高き闘士へと蘇りつつあった。
テンは腎臓(キドニー)を狙い、死角から背中へ蹴りを入れたつもりだった。が、キシュウは身を捩り肘で受けた。
(防がれた…!?)
その回転に乗って鋭い回し蹴りが、続いて逆足の後ろ回し蹴りがテンを襲う。リーチの長さではキシュウに分がある。テンは辛うじてその蹴りを捌き、一気に間合いを詰めると、中段に空いた僅かな隙に渾身の貼山靠(てんざんこう、肩からの体当たり。鉄山靠とも)を叩き込んだ。
微かな呻きと共にキシュウは大きく後退った。しかし、効いた訳ではなかった事にテンは愕然とする。
「おぉ~…… その体格で、こんだけ重いか。イイね」
顔を上げたキシュウは、締まりのない薄笑いでテンを見た。ダメージはおろか、焦りも緊迫も見えない。
(誘われた……? 僕の力量を量る為に……。
それにこいつ、疲れが見えない。親子ほど歳が離れているのに)
ぞくりと鳥肌が立った。テンは深く息をつき集中する。
(ふうん、待つのか。あくまで善人とみえる)
意志を取り戻したテンの戦術から、キシュウはその内面をも洞察していく。
(このタフさ、簡単には有効打を与えられない…… 揺さぶっていく)
テンは縦横無尽に動き回り、あらゆる方向から不意を突こうと試みる。キシュウの方は振り回されてスタミナを失わぬよう、最小限の動きで、しかし抜かりなくテンに対応していた。
(こいつは凄えや。オジさんにはちょっとできない軽業だね)
(それでも、崩せないか……!)
高々と蹴り上げられた足をくぐる形で躱したテンは、バランスを取る為に振り下ろされたキシュウの右手を取った。そこは、致命的な攻撃を受ける事を想定していない、隙だった。その親指が僅かに捻られようとした瞬間、いけない方向だとキシュウは察した。一秒もしない内に走る痛みを、それによって相手が自分を制することを予測した。
それまで、のらりくらりと殺気を隠していたキシュウに、牙を剥くような笑みと、獣の眼光が宿った。
一瞬のうちに、キシュウは右肘を内転しつつ落として親指を振り解き、蹴りから折り返した足でテンの足首を踏み抜き、落とした右肘をテンの顎、少し左寄りから打ち込んだ。テンは間一髪左手で受けたが、その手ごと頭部を揺すられ、一時、判断を失った。
死の香りがした。
自分の学んだ闘い方には、決して存在しなかった状況が。
寒気が、
走るより速く、
テンの身体は大地に引き倒され、その喉元にキシュウの貫手が迫った。
(何となく、わかった……
僕が学んだのは武道。こいつは、武術の技ではあるが、殺人術だ……。優劣の問題じゃない、土俵が違う。武道は勝敗を決するもの、倒せば終わり。この男は、違う…殺されない為に立ち回り、倒したらすぐさま殺す、そういう世界)
「さあて、お前さんは何を求める人かな。強さか、金か、探しものか。あるいは…… 報復か」
報復。
その言葉にテンの目の色が変った。
(おっ?
立つか…… 今度は殺す気で来るか?)
炎に包まれた故郷の光景がフラッシュバックする。鍛えた技を発揮する事も出来ず、ただ無為に殺されていった同胞達。気高き修練の結晶を、面白半分に踏み躙った者達。燃え滾る憎悪が爆発寸前まで昂ったその時、テンの脳裏に師の言葉が響いた。
「テンよ、憎むな……
山は、空は、美しい。
人体は、技は、美しい。
絆は、矜持は美しい……
美しきものを求めよ、真理を探せ。憎きを追うな、呑まれるな。
おまえの時と研鑽は、己を滅ぼす為に費やされたのではない。
天、よ。おまえは--」
激情は溢れる涙へと姿を変え、テンの瞳には澄んだ光が戻った。
「僕は…
……強く、なりたい……」
(許せるわけじゃない。けれど、憎まない。それでいいんですよね、師父……)
(訳あり、か…… 皆そうだよな。俺もこいつぐらいの歳には既に色々あった。しかしこの坊や、短絡的じゃないな。そう出来るものじゃない)
「じゃあ、こんなところで雑に散るのは勿体ないんじゃないの」
キシュウは突きつけた指をはらりと緩め、掌を返して差しのべた。テンは呆けたようにその手を見ていたが、涙を搾り切るように強く目を瞑ると、その手を取って起き上がった。
キシュウはその姿に、いつかの自分を重ねた。
(レオよ…… あんたが俺に声を掛けた理由、何となく分かったような気がするよ)
戻ってきたキシュウ達を、グリズリーは感嘆の眼差しで迎えた。
「礼を言うよ、キシュウ。俺ではこうはいかなかった」
「や、たまたまだよ。まぁ結果オーライだよな」
(目的のために最善策を講じたってより、正直なところ…… 感傷、かな。だってステゴロ勝負なんてさ、懐かしくなっちまった)
※レオ「ひとりの太陽、ふたりの影」を参照
--------
キシュウに敗北を感じたテンはスカービーストの一員となり、新たな研鑽を始める。
(憎しみを克服し、師父の示してくれた道を究める。簡単ではない、でもきっと正しい道だ)
[ 閉じる ]
テンはキシュウに呼び出され、指定の部屋に向かっていた。だが扉を前にして、常ならぬ気配に足を止めた。
緊張と恐怖を漂わす何者かが、キシュウ以外に待っている。
それは何者か、キシュウは何を企んでいるのか…… 数瞬考えたが、入るより他に術はない。騙し討たれる理由もない、とテンは扉を開けた。
「よう」
果たして室内には、だらしなく座ったキシュウと、椅子に拘束された戦闘員らしき男がひとり。口を塞がれたその男は、入ってきたテンを見て怯えた。
「……なんですか」
「捕虜なんだが、お前さんに会わせようと思ってな。そいつ、例の組織の残党だ。
──そうだ、お前さんの同胞の仇だ」
ちりり、と、空気が焼け焦げるような気迫が立ち昇った。男は拘束具の下から悲鳴を漏らし、哀願の表情で身を捩る。
「生殺与奪の権をお前にやる。さあ、どうする」
テンの瞳に、あの日の憤怒が燃え盛る。
キシュウも出会った日の彼を、そしてキシュウ自身の幼き日を思い起こしていた。
(お前さんにゃ、なんで自分を重ねちまうんだろうな…
試そうってんじゃない。ただみすみす会わせないでおくのは忍びねえ、そう思っただけなんだが……)
長い沈黙だった。部屋中が燃え上がろうかという怒気をはらみ、テンは唇を開いた。
「……彼等の志が間違っていただけだ。各人の命に、咎はない」
言葉とは裏腹にその声は震え、握り締めた拳には血が滲んでいた。
(なんて坊やだい…… ご立派だよ、高潔だ。俺なんかとは違う、まことの武人だ。こいつもまた、スカービーストの宝だ)
「敵は仇じゃなく、己の復讐心…… か。それなら」
キシュウは立ち上がると、テンの頭を胸に抱え込み、わしゃわしゃと撫で回した。
「よく頑張った。お前の勝ちだ」
「…………、 あ、 、、あ゛ 」
臓腑の底から激情は聲となって漏れ出し、テンは身を震わせて啼泣した。
他人に触れられる事を許さぬ孤高の戦士が、無防備に身を預け、幼子のように泣き続けた。
修羅道に堕ちることは容易い。しかし仇敵を鏖にした所で、彼は自分を誇れなかったろう。彼の師はそれを知り、最期の教えを授けたに違いない。
赦しという最も過酷な選択こそが、自分自身を許容し、重い十字架を下ろす唯一の道だったのだ。
緊張と恐怖を漂わす何者かが、キシュウ以外に待っている。
それは何者か、キシュウは何を企んでいるのか…… 数瞬考えたが、入るより他に術はない。騙し討たれる理由もない、とテンは扉を開けた。
「よう」
果たして室内には、だらしなく座ったキシュウと、椅子に拘束された戦闘員らしき男がひとり。口を塞がれたその男は、入ってきたテンを見て怯えた。
「……なんですか」
「捕虜なんだが、お前さんに会わせようと思ってな。そいつ、例の組織の残党だ。
──そうだ、お前さんの同胞の仇だ」
ちりり、と、空気が焼け焦げるような気迫が立ち昇った。男は拘束具の下から悲鳴を漏らし、哀願の表情で身を捩る。
「生殺与奪の権をお前にやる。さあ、どうする」
テンの瞳に、あの日の憤怒が燃え盛る。
キシュウも出会った日の彼を、そしてキシュウ自身の幼き日を思い起こしていた。
(お前さんにゃ、なんで自分を重ねちまうんだろうな…
試そうってんじゃない。ただみすみす会わせないでおくのは忍びねえ、そう思っただけなんだが……)
長い沈黙だった。部屋中が燃え上がろうかという怒気をはらみ、テンは唇を開いた。
「……彼等の志が間違っていただけだ。各人の命に、咎はない」
言葉とは裏腹にその声は震え、握り締めた拳には血が滲んでいた。
(なんて坊やだい…… ご立派だよ、高潔だ。俺なんかとは違う、まことの武人だ。こいつもまた、スカービーストの宝だ)
「敵は仇じゃなく、己の復讐心…… か。それなら」
キシュウは立ち上がると、テンの頭を胸に抱え込み、わしゃわしゃと撫で回した。
「よく頑張った。お前の勝ちだ」
「…………、 あ、 、、あ゛ 」
臓腑の底から激情は聲となって漏れ出し、テンは身を震わせて啼泣した。
他人に触れられる事を許さぬ孤高の戦士が、無防備に身を預け、幼子のように泣き続けた。
修羅道に堕ちることは容易い。しかし仇敵を鏖にした所で、彼は自分を誇れなかったろう。彼の師はそれを知り、最期の教えを授けたに違いない。
赦しという最も過酷な選択こそが、自分自身を許容し、重い十字架を下ろす唯一の道だったのだ。
[ 閉じる ]
「わあっ!」
力任せに殴りかかった少年は、手応えを得ることなく地面に転がった。
「……??」
いつの間にか、狙った方向とは違う方を向いている。反撃された感触もない。何をされたのか、全く分からなかった。
「く……くそっ、もう一回!」
(そろそろ、納得が必要かな)
力一杯振りかぶった拳が、ふわりと威力を失った気がした、その瞬間。
「はッ……」
どこから差し出されたのか、少年の胸を掌が弾いた。呼吸が奪われ、全身が痺れて、少年はなす術もなく崩れ落ちる。
「………」
威力は存分に加減されていた。その上、掌底ではなく敢えて掌を広げ、衝撃を分散させていた。痛みとは別のなにか、「敵わない」と確信させる迫力が、少年を動けなくした。
横で見ていた青年が口を開く。
「驚きついでに教えてやろうか。その爺さん幾つだと思う」
「……?」
浅い呼吸を再開した少年はまだ指ひとつ動かせない。
「齢九十、まだこの国にスラムがあった時代の生き残りさ。
なあに、大海を知った蛙は竜にだって成れる。気張っていけよ」
「今日はここまでとしよう。また今度かかっておいで」
「……」
悔しさでも、怒りでも、恐怖でもない初めての高揚。少年は登るべき山を見つけた。その高さを思い知るのは、まだまだ先のことになる。
あれから半世紀あまり。
テンは己の技を請い求める者に教え、いつしか武道の一門が築かれていった。
今この国に、望まぬ戦いに手を染める者はいない。命のやり取りをするのは軍人や警察官など、望んでその職に就いた者だけだ。
スカービーストの主だった面々はみな先立った。特に肉体に改造を施した者は短命だった。テンはその多くを看取ったが、悔いて逝った者はひとりもいなかった。
プレッジハウンドもまた武術の一門となり、仁義の志を伝えている。智蹄連、シェルムフェーダーはそれぞれの知見を活かす企業へと姿を変えた。
「長生き…… しましたよ、キシュウさん」
見上げる天は、青く、晴れていた。
力任せに殴りかかった少年は、手応えを得ることなく地面に転がった。
「……??」
いつの間にか、狙った方向とは違う方を向いている。反撃された感触もない。何をされたのか、全く分からなかった。
「く……くそっ、もう一回!」
(そろそろ、納得が必要かな)
力一杯振りかぶった拳が、ふわりと威力を失った気がした、その瞬間。
「はッ……」
どこから差し出されたのか、少年の胸を掌が弾いた。呼吸が奪われ、全身が痺れて、少年はなす術もなく崩れ落ちる。
「………」
威力は存分に加減されていた。その上、掌底ではなく敢えて掌を広げ、衝撃を分散させていた。痛みとは別のなにか、「敵わない」と確信させる迫力が、少年を動けなくした。
横で見ていた青年が口を開く。
「驚きついでに教えてやろうか。その爺さん幾つだと思う」
「……?」
浅い呼吸を再開した少年はまだ指ひとつ動かせない。
「齢九十、まだこの国にスラムがあった時代の生き残りさ。
なあに、大海を知った蛙は竜にだって成れる。気張っていけよ」
「今日はここまでとしよう。また今度かかっておいで」
「……」
悔しさでも、怒りでも、恐怖でもない初めての高揚。少年は登るべき山を見つけた。その高さを思い知るのは、まだまだ先のことになる。
あれから半世紀あまり。
テンは己の技を請い求める者に教え、いつしか武道の一門が築かれていった。
今この国に、望まぬ戦いに手を染める者はいない。命のやり取りをするのは軍人や警察官など、望んでその職に就いた者だけだ。
スカービーストの主だった面々はみな先立った。特に肉体に改造を施した者は短命だった。テンはその多くを看取ったが、悔いて逝った者はひとりもいなかった。
プレッジハウンドもまた武術の一門となり、仁義の志を伝えている。智蹄連、シェルムフェーダーはそれぞれの知見を活かす企業へと姿を変えた。
「長生き…… しましたよ、キシュウさん」
見上げる天は、青く、晴れていた。
[ 閉じる ]
絡み合う運命、「キシュウ」と「テン」の物語はこちら
※関連の深い2キャラクターのエピソードを時系列順にまとめた特設ページです。各エピソードは本ページにも掲載しています。ミンク /女/17歳/146cm/skill:情報処理、電子機器全般
スカービーストの司令室で機器操作と情報伝達を担当する非戦闘員。身体はほぼ生身だが、左眼球は拡張デバイスになっている。情報処理技能に特化した人間の脳を集めて生体コンピュータを作ろうという「グリゴール・プロジェクト」の要員候補だったが、消去された筈の自我が覚醒し逃走、スカービーストに逃げ込む。
真面目で責任感が強く、仕事以外では控えめな性格。主に司令室で情報処理・情報伝達の作業を行う。担当分野が近いこともあってジャガーと特に親しく、ジャガーも彼女を妹のように可愛がっている。
自我を喪失し機械的な存在となることへの恐怖が消えない一方で、役割が無いと安心できず、自分の存在意義について悩む事もある。
mink[英]イタチ科の哺乳類ミンク(American Mink)、またその毛皮と毛皮製品
ゲッコー /男/25歳/skill:情報処理、電子機器全般
ミンクと交代、および補佐で司令室のコントロールを担当する非戦闘員。キシュウが若い衆をからかうのを止めるツッコミ役でもある。重度の喘息持ちで胸部に気管支拡張バイパスを開口してあり、発作の際は自律式呼吸器(可能な時は手動で動かす)を接続する。それに備えて常に開襟式の衣服を着ている。
表社会の大企業で働くITエンジニアだったが、労働環境の劣悪さから心身を壊しドロップアウト。ネガティブで斜に構え、「死ねばいい」「殺すぞ」が口癖。その振る舞いはスカービーストの理念とは正反対に見えるが、態度の悪さとは裏腹に哲学的な所があり、人の尊厳や生きる意義について深く考えている。また、その経歴からスカービースト有数の知識人でもある。
Gecko[英]ヤモリ
- エピソード「表の闇から来た男」
- エピソード
戦闘に巻き込まれ、銃弾を受けたゲッコー。
「は…… は、すげえ…… 血だ……。
こうやって…… 死ぬなら、納得できら。
オレは、銃もナイフもない世界で暮らしてた…… なのに同僚は次々死んでいった。過労か、自殺かだ。精神と意義の死が肉体の死をもたらす。逆だよ、イカれてる。いつかはオレの番、オレは社会に殺されるんだ…… そう思ってた。何故だ。生き方を選べる社会の筈なのに、何故こうなった。
それがさ、はは…… こんな、腹に大穴が開いちゃ、そりゃ死ぬよな。
これが肉体の死だ! 尊厳は死なない!! オレは、今やっと、人間、なん……」
出血のショックで興奮状態だった彼は急に声を落とした。サイガの打った鎮静剤が効いたらしい。涙を浮かべて笑っていた狂気交じりの表情は、眠りへと沈んでいった。
「やかましい。死なせやせん、黙ってろ」
「は…… は、すげえ…… 血だ……。
こうやって…… 死ぬなら、納得できら。
オレは、銃もナイフもない世界で暮らしてた…… なのに同僚は次々死んでいった。過労か、自殺かだ。精神と意義の死が肉体の死をもたらす。逆だよ、イカれてる。いつかはオレの番、オレは社会に殺されるんだ…… そう思ってた。何故だ。生き方を選べる社会の筈なのに、何故こうなった。
それがさ、はは…… こんな、腹に大穴が開いちゃ、そりゃ死ぬよな。
これが肉体の死だ! 尊厳は死なない!! オレは、今やっと、人間、なん……」
出血のショックで興奮状態だった彼は急に声を落とした。サイガの打った鎮静剤が効いたらしい。涙を浮かべて笑っていた狂気交じりの表情は、眠りへと沈んでいった。
「やかましい。死なせやせん、黙ってろ」
[ 閉じる ]
キシュウが決戦前、最後に司令室を訪れた時
いつものようにミンクをからかい出て行こうとするキシュウに、彼は何かを察する。
「あのー、キシュウさん?」
「ん?」
「……黙って自分だけで引き取ろうって考えは、悪っスよ」
「………、へえ。
それ、自分にも言えるんじゃないの。必要以上に憎まれ役して、人を遠ざけてさ。
ここは会社勤めよっか危険に満ちてるけど、……人は頼っていいと思うぜ」
いつものようにミンクをからかい出て行こうとするキシュウに、彼は何かを察する。
「あのー、キシュウさん?」
「ん?」
「……黙って自分だけで引き取ろうって考えは、悪っスよ」
「………、へえ。
それ、自分にも言えるんじゃないの。必要以上に憎まれ役して、人を遠ざけてさ。
ここは会社勤めよっか危険に満ちてるけど、……人は頼っていいと思うぜ」
[ 閉じる ]
ラパン /女/非戦闘員
スカービーストで炊事等の雑務を行う非戦闘員。大変な美貌のため悪い男に引っ掛かって酷い目に遭い、劇物を自ら顔に浴びて大怪我を負った。そこをスカービーストに保護され、サイガは彼女の顔を完璧に治療した。なぜ治したのか、顔が元に戻ればまた同じような目に遭う、恐ろしくて帰れないと彼女はサイガに恨み言を言うが、サイガは「なぜ? オレの仕事は医者だからだ。己の苦難を外見の所為にせず自力で生きることだな」と突っぱねる。周りの説得により彼女はスカービーストで働き始めるが、そのトラウマから容姿は執拗に隠しており、殆どの構成員が彼女の素顔を知らない。しかし数年後、ある盲目の男が彼女に恋をしたことから、彼女は容姿に囚われる事をやめ、またサイガの真意に気付く。醜くなった事で苦難を逃れたという成功体験を得てしまえば、別の苦難に遭った時も何かのせいにし、能動的に解決する意志を失うだろうからだ。
lupin[仏](毛皮の分類としての)ウサギ
グリズリー /男
スカービーストの現ボス。巨躯の強面。レオに心酔したひとりであり、その遺志を継ぐため時には非情な判断も辞さないと決意しているが、本当は人一倍仲間思いで情に厚い男である。「いいかディンゴ。人の上に立つ者ならば、我が身を犠牲にする事は最も避けねばならぬ。
己を盾にひとりを守ったとしたら、庇護者を失ったその者は次の瞬間に死ぬと思え。
時には仲間の屍を踏んででも、生きて指揮を執るのが責務だ。耐えることだ」
Grizzly bear[英]グリズリー;ハイイログマ。ヒグマの一亜種で、ホッキョクグマと並ぶ最大級のクマ科動物
- エピソード「決戦の前」
- エピソード「大襲撃」
ドミナント・エイプとの決戦に出立するキシュウはグリズリーの許へ挨拶に訪れた。彼が決戦の事を告げた相手は、ディンゴとグリズリーの2人のみ。そして両者ともに、加勢せず他の者にも知らせない事を約束させた。
「………征くのか」
「おうよ。わかってるよな?」
「無論、我らは我らの努めを果たす。だが若い連中が知ったら、無断で加勢に向かうやも……」
「あー、そっちは念を押してきたよ」
「……そうか。
こちらの事は心配するな。レオの遺志は儂が継ぐ」
「うーーん、それはちっと違う気がすんだよね」
「?」
「死んだ奴の為じゃなく、生きる奴の為に動けよ。あいつは、レオは、自分自身を崇め立てて欲しかった訳じゃねえだろうよ」
「……そうか。そうだな……。」
グリズリーはのそりと立ち上がり、キシュウの手をしっかと握った。
「……世話になった。何一つ恩を返せぬ己が恨めしい」
「よせやい、俺は好きにやっただけだよ。それにもう充分なものをもらったさ」
キシュウはその手をするりと抜くと歩きだし、すれ違いざま彼の肩をぽんと叩いた。
「楽しかったぜ。元気でな」
「………ああ。」
キシュウは軽く手を振ると、振り返りもせず出て行った。グリズリーはしばし、そのままじっと立っていた。
(『生きて戻れよ』
『待っているぞ』
……言えなかった。叶わぬ約束になる、そんな気がした…… いかんな、こんな弱気では)
「………征くのか」
「おうよ。わかってるよな?」
「無論、我らは我らの努めを果たす。だが若い連中が知ったら、無断で加勢に向かうやも……」
「あー、そっちは念を押してきたよ」
「……そうか。
こちらの事は心配するな。レオの遺志は儂が継ぐ」
「うーーん、それはちっと違う気がすんだよね」
「?」
「死んだ奴の為じゃなく、生きる奴の為に動けよ。あいつは、レオは、自分自身を崇め立てて欲しかった訳じゃねえだろうよ」
「……そうか。そうだな……。」
グリズリーはのそりと立ち上がり、キシュウの手をしっかと握った。
「……世話になった。何一つ恩を返せぬ己が恨めしい」
「よせやい、俺は好きにやっただけだよ。それにもう充分なものをもらったさ」
キシュウはその手をするりと抜くと歩きだし、すれ違いざま彼の肩をぽんと叩いた。
「楽しかったぜ。元気でな」
「………ああ。」
キシュウは軽く手を振ると、振り返りもせず出て行った。グリズリーはしばし、そのままじっと立っていた。
(『生きて戻れよ』
『待っているぞ』
……言えなかった。叶わぬ約束になる、そんな気がした…… いかんな、こんな弱気では)
[ 閉じる ]
プレッジハウンドとドミナント・エイプとの決戦(キシュウ「悲願の夜、そして」を参照)より暫く後、アードウルフを狙う過激派研究機関が政府軍の助力を得てスカービーストへ攻め込む。
--------
「それもスカービーストお得意の防弾・防刃服か。なかなか厄介だな…… しかし、圧倒的物量の前には無力だ」
ゴム弾や鈍器、薬物による攻撃で次々に無力化されていくスカービーストの戦闘員達。敵兵が司令室に迫った時、大型の機関銃が侵入者達に向けて火を吹いた。
「……儂も、出よう」
アードやリカオンが組織に入って以来、グリズリーが自ら戦闘に加わるのは初めてだった。グリズリーは大火力の武器でみるみる敵兵を押し返すが、突然動きを止め膝をつく。その時、通信からサイガの怒声が響いた。
「何をしてる、下がれグリズリー! お前の心臓は、もう戦闘には耐えないッ!!」
「な…… 本当ですか、ボス!!」
驚いてグリズリーに駆け寄るディンゴ。白い顔をしたグリズリーは、それには答えず苦笑する。
「下がれ、か……。昔から、誰に対しても…… 尊大な奴だ……」
そして、アードも敵の攻撃に倒れ、助けようとしたリカオンも撃たれ重傷を負う。体の自由を奪われたアードはバンダナを引き剥がされ、剣の刺青の痕跡を確認した敵兵は叫ぶ。
「こいつだ! 確保しろ!」
麻酔針が打ち込まれ、急速に眠りへ落ちていくアード。
(何だよ…… 畜生……
こんな風に理不尽に奪われることが、二度と嫌だから…… ずっと戦ってきたのに……
畜生…… ちくしょう……!!)
その時、アードの思いに呼応したかのように、アジトの建物全体に振動が走った。司令室で必死に組織員達のサポートをしていたミンクは、ヒッポの脳神経モニタからのアラート音に気付く。
「うそ、こんな状態見たことない…… 泣いて、る……?」
(守る……
まもる……
レオの同胞達を…… 今度こそ、守るんだ……)
アード達のいた通路全体が大きく傾き、敵兵は突如開いたパネルから転がり落ちていく。リカオンは必死にアードを抱き留める。
「皆、掴まれ!」
ディンゴは叫ぶと、大揺れに揺れる通路を司令室へと急いだ。
--------
スカービーストのアジトは今や巨大移動要塞と化し、外に迫っていた政府軍の本隊を蹴散らすと、町単位で移動し静止した。内部に侵入した兵士の多くはアジト自体の挙動によって排除され、残りも組織員によってほぼ制圧された。
サイガとギニーはアジト各所を飛び回り、恐るべき手際で治療に当たっていた。リカオンの貫通銃創も瞬く間に縫合され、アードの骨折箇所には添え木がなされた。
「外傷は処置した。薬はただの麻酔だな、無理に覚まさずともそのうち起きる。次」
「ええっ」
「それより、もっと死にそうな奴を診せろ」
「……!」
言い方は乱雑だが、サイガは一人でも多く救うため合理性に徹しているのだ。
「……サイガも、休んで」
「うるさい」
慌ただしく働くギニーだけが、そのやり取りに心和むような表情をこぼした。
--------
組織壊滅の危機に瀕し、ヒッポはアジトを移動要塞として起動させ組織員を守った。その技術力と戦力に政府は姿勢を改め、ドミナント・エイプを葬ったプレッジハウンドとの関係性も鑑み、スカービースト及びプレッジハウンドを連携小国家として扱い和平協定を結ぶ提案をする。それは初代ボス・レオの理想に通ずる、誰も予想しなかった和平の道であった。
--------
政府の声明を受け、プレッジハウンドからドーベルマンとアキタが話し合いに訪れる。
ドーベルマンはひと目で猛者と判る頑強な体躯であった。はち切れんばかりに発達した筋肉、着衣の端からは多数の傷跡が覗き、中でも先の大決戦で失われた片目がこの男の覇気を増していた。残る片目の鋭さを見れば、無数の死線を越えてきた事は明らかだった。
グリズリーとディンゴに対面したアキタはまず、深く深く頭を下げた。
「先日は…… お世話になりました。改めまして、プレッジハウンドのアキタです」
グリズリーは政府の提案を確認し、ドーベルマンに意向を問う。
「……下らねえこった」
スカービーストの面々に緊張が走る。しかしアキタに剣呑な空気はなく、まっすぐにグリズリーの目を見つめ、ドーベルマンの言葉が続くのを待っていた。
「政府にとって俺等が何なのか、そんな事ァどうでもいい。俺等に危害を及ぼすなら、最後の一人まで戦って散る。そうでないなら手出しはせん、それだけだ。
ただ、あんた方にはキシュウ兄ぃの縁がある。あんた方の敵は俺等の敵、逆もまた然りだ。
……俺等は理想を求め、真っ当に生きたいだけだ。あんた方も、そうなんだろう」
プレッジハウンドの性質からして、他の武力組織を手放しで信用し、ましてや手を結ぶなど有り得ない。しかし彼らは「キシュウがいたから」という一点において、スカービーストを信頼してくれている。それこそ仁であり義、キシュウが半生を懸けて体現しようとしたプレッジハウンド像そのものであった。
(キシュウ、これもお主が築いてくれた縁…… 決して悪いようにはせぬ)
グリズリーとドーベルマンは静かに、固い握手を交わした。キシュウの事を思い返すディンゴは唇を噛み締め、それを見たアキタも微かに目を潤ませた。
ここに、スカービーストは数多の望まざる闘争から解放され、光でもなく影でもない、第三の道を切り拓いた。
--------
「それもスカービーストお得意の防弾・防刃服か。なかなか厄介だな…… しかし、圧倒的物量の前には無力だ」
ゴム弾や鈍器、薬物による攻撃で次々に無力化されていくスカービーストの戦闘員達。敵兵が司令室に迫った時、大型の機関銃が侵入者達に向けて火を吹いた。
「……儂も、出よう」
アードやリカオンが組織に入って以来、グリズリーが自ら戦闘に加わるのは初めてだった。グリズリーは大火力の武器でみるみる敵兵を押し返すが、突然動きを止め膝をつく。その時、通信からサイガの怒声が響いた。
「何をしてる、下がれグリズリー! お前の心臓は、もう戦闘には耐えないッ!!」
「な…… 本当ですか、ボス!!」
驚いてグリズリーに駆け寄るディンゴ。白い顔をしたグリズリーは、それには答えず苦笑する。
「下がれ、か……。昔から、誰に対しても…… 尊大な奴だ……」
そして、アードも敵の攻撃に倒れ、助けようとしたリカオンも撃たれ重傷を負う。体の自由を奪われたアードはバンダナを引き剥がされ、剣の刺青の痕跡を確認した敵兵は叫ぶ。
「こいつだ! 確保しろ!」
麻酔針が打ち込まれ、急速に眠りへ落ちていくアード。
(何だよ…… 畜生……
こんな風に理不尽に奪われることが、二度と嫌だから…… ずっと戦ってきたのに……
畜生…… ちくしょう……!!)
その時、アードの思いに呼応したかのように、アジトの建物全体に振動が走った。司令室で必死に組織員達のサポートをしていたミンクは、ヒッポの脳神経モニタからのアラート音に気付く。
「うそ、こんな状態見たことない…… 泣いて、る……?」
(守る……
まもる……
レオの同胞達を…… 今度こそ、守るんだ……)
アード達のいた通路全体が大きく傾き、敵兵は突如開いたパネルから転がり落ちていく。リカオンは必死にアードを抱き留める。
「皆、掴まれ!」
ディンゴは叫ぶと、大揺れに揺れる通路を司令室へと急いだ。
--------
スカービーストのアジトは今や巨大移動要塞と化し、外に迫っていた政府軍の本隊を蹴散らすと、町単位で移動し静止した。内部に侵入した兵士の多くはアジト自体の挙動によって排除され、残りも組織員によってほぼ制圧された。
サイガとギニーはアジト各所を飛び回り、恐るべき手際で治療に当たっていた。リカオンの貫通銃創も瞬く間に縫合され、アードの骨折箇所には添え木がなされた。
「外傷は処置した。薬はただの麻酔だな、無理に覚まさずともそのうち起きる。次」
「ええっ」
「それより、もっと死にそうな奴を診せろ」
「……!」
言い方は乱雑だが、サイガは一人でも多く救うため合理性に徹しているのだ。
「……サイガも、休んで」
「うるさい」
慌ただしく働くギニーだけが、そのやり取りに心和むような表情をこぼした。
--------
組織壊滅の危機に瀕し、ヒッポはアジトを移動要塞として起動させ組織員を守った。その技術力と戦力に政府は姿勢を改め、ドミナント・エイプを葬ったプレッジハウンドとの関係性も鑑み、スカービースト及びプレッジハウンドを連携小国家として扱い和平協定を結ぶ提案をする。それは初代ボス・レオの理想に通ずる、誰も予想しなかった和平の道であった。
--------
政府の声明を受け、プレッジハウンドからドーベルマンとアキタが話し合いに訪れる。
ドーベルマンはひと目で猛者と判る頑強な体躯であった。はち切れんばかりに発達した筋肉、着衣の端からは多数の傷跡が覗き、中でも先の大決戦で失われた片目がこの男の覇気を増していた。残る片目の鋭さを見れば、無数の死線を越えてきた事は明らかだった。
グリズリーとディンゴに対面したアキタはまず、深く深く頭を下げた。
「先日は…… お世話になりました。改めまして、プレッジハウンドのアキタです」
グリズリーは政府の提案を確認し、ドーベルマンに意向を問う。
「……下らねえこった」
スカービーストの面々に緊張が走る。しかしアキタに剣呑な空気はなく、まっすぐにグリズリーの目を見つめ、ドーベルマンの言葉が続くのを待っていた。
「政府にとって俺等が何なのか、そんな事ァどうでもいい。俺等に危害を及ぼすなら、最後の一人まで戦って散る。そうでないなら手出しはせん、それだけだ。
ただ、あんた方にはキシュウ兄ぃの縁がある。あんた方の敵は俺等の敵、逆もまた然りだ。
……俺等は理想を求め、真っ当に生きたいだけだ。あんた方も、そうなんだろう」
プレッジハウンドの性質からして、他の武力組織を手放しで信用し、ましてや手を結ぶなど有り得ない。しかし彼らは「キシュウがいたから」という一点において、スカービーストを信頼してくれている。それこそ仁であり義、キシュウが半生を懸けて体現しようとしたプレッジハウンド像そのものであった。
(キシュウ、これもお主が築いてくれた縁…… 決して悪いようにはせぬ)
グリズリーとドーベルマンは静かに、固い握手を交わした。キシュウの事を思い返すディンゴは唇を噛み締め、それを見たアキタも微かに目を潤ませた。
ここに、スカービーストは数多の望まざる闘争から解放され、光でもなく影でもない、第三の道を切り拓いた。
[ 閉じる ]
ヒッポ /男
スカービースト創設者の一人。組織のアジトと兵器の数々を建造した建築・機械技師。陰気なオタクといった風貌で、独り黙々と己の技能を追求し、周りには理解されない類の人間。人付き合いのまずさから会社を解雇され、路頭に迷っていた時レオに出会う。その人柄に魅了され、自分の技術がレオの役に立てると知った彼は、生まれて初めて自分の居場所を得た。そして異様なまでの情熱をもって、レオとスカービーストに尽くしていく。負傷と病気で身体の損傷が深刻化した時、生体コンピュータとしてアジトの建物と一体化する事を選んだ。今では人格が表出する頻度も稀になり、彼と「面会」するのはごく限られた人間だけである。
年々感情が失われゆく中、レオへの恩義と、彼を守れなかった罪悪感に固執している。後にスカービーストに壊滅的な脅威が訪れた時(グリズリー「大襲撃」を参照)、レオの同志達を守るため、半ば暴走してアジトを移動要塞として起動させる。
ヒッポの精神状態は専用の計器でモニタされている。情動を色分けしたマスで表示するとともに、人格表出時は顔の図形パターンを表示する。情動パターンは白:無感情(休眠)、赤:怒り、青:悲しみ、黄:緊張、緑:平静、橙:恐怖、ピンク:喜び。情動が強いほど多くの色マスが表示され、白に対して色マスの総数が多いほど興奮状態となる。例えば「青40/白60」なら悲しみ、「黄15/橙85」なら恐慌状態、「赤10/白90」なら微かな苛立ち、など。覚醒度の低い通常時は、計5個以下の色マスが無秩序に点いては消える状態である。移動要塞起動時は情動パターンが青93/黄7となり、ミンクはこれを「深い悲しみと使命感」と解釈した。
hippo[英](口語)カバ
フェネック /女/年齢不詳/skill:パルクール、トラップ、爆発物
元スカービースト構成員(故人)。アードウルフが保護された時、彼を説得し大きな支えとなっていたが、作戦行動中に事故死。奔放な言動で明るくポジティブな印象。しかしそれは生来の楽天家というよりも、苦境と絶望を経てあくまで前を向くことを選んだ一種の諦めに近い。仕事とスポーツに励む善良な市民だった彼女は、夫に裏切られ、暴漢に襲われ、幼子と臨月の胎児を失った。絶望と狂気のはざまで、自分に残された命の意味を問い続けたフェネックはある時、車に轢かれた猫の傍らで鳴き続ける痩せこけた子猫の姿を見る。しかし暫くすると子猫は鳴くことをやめ、親猫の遺骸を貪り始めた。「いのちは、こんなにも貪欲に、生きようとしている……」フェネックは傘を取り落とし、豪雨に打たれながら壊れたように笑った。彼女は「それでも生きる」ことを選択し、自分の身ひとつで渡っていける世界へと下りていった。
Fennec[英]フェネック、フェネックギツネ;大きな耳と尾が特徴のキツネの仲間。足裏は体毛で被われ、砂地を歩行するのに適している
- エピソード「フェネックとアードウルフ」
惨禍から保護され、膝を抱えて座り込むアードウルフにフェネックは出会う。
「地獄を見た子か。そうか」
「オレはきっと、生きてちゃいけないんだ…… 皆を不幸にするよ……」
「ふーん」
といって軽く拳を握ったフェネックは、いきなりアードの頭をしこたま殴った。慌てるディンゴ達。
「目が覚めたかな? まだ言うならもう一発いくよ。今度は人中(※鼻の下の急所)ね」
悩むどころではなくなり、頭を押さえてぶんぶんと手を振るアード。その前にフェネックは座り込む。
「生きていいかなんて、他人にお伺いを立てる事じゃないよ。生き物は皆、生きる方を向いてるんだ。
家族になろう、少年。ここがホームだ」
--------
その後、フェネックに声をかけるディンゴ。
「大丈夫か、フェネック」
「うん?」
「お前は格闘に長けてはいないだろう」
「にしし。鍛えてる人が、本気で殴っちゃダメでしょ」
フェネックの右拳は内出血を起こしていた。それを隠すように手袋をはめると、彼女は足早に歩み去った。
--------
時は流れ、作戦行動中、爆散した瓦礫で頭部に重傷を負ったフェネック。首から下はすでに麻痺し、心肺機能もみるみる低下していく。
(死……
あの時、なぜ私は連れて行ってくれなかったと恨んだ死よ……
こんな時になってか……。
……いや、今なら後悔はない。
全てを奪われ、ただ消えたかったあの時に比べれば…… 今の私には)
今の自分には、駆け寄ってくる仲間がいる。その中から、彼女はアードを見た。
「はは、ヘマしたね……。ホラね、死はわざわざ追わなくたって、突然やって来るもんさ。迷ってる暇なんかないよ。
……まだ、死にたい?」
問われたアードは涙を流しながら、強く、首を横に振った。それを見たフェネックは満足そうに笑い、そのまま息を引き取った。
「地獄を見た子か。そうか」
「オレはきっと、生きてちゃいけないんだ…… 皆を不幸にするよ……」
「ふーん」
といって軽く拳を握ったフェネックは、いきなりアードの頭をしこたま殴った。慌てるディンゴ達。
「目が覚めたかな? まだ言うならもう一発いくよ。今度は人中(※鼻の下の急所)ね」
悩むどころではなくなり、頭を押さえてぶんぶんと手を振るアード。その前にフェネックは座り込む。
「生きていいかなんて、他人にお伺いを立てる事じゃないよ。生き物は皆、生きる方を向いてるんだ。
家族になろう、少年。ここがホームだ」
--------
その後、フェネックに声をかけるディンゴ。
「大丈夫か、フェネック」
「うん?」
「お前は格闘に長けてはいないだろう」
「にしし。鍛えてる人が、本気で殴っちゃダメでしょ」
フェネックの右拳は内出血を起こしていた。それを隠すように手袋をはめると、彼女は足早に歩み去った。
--------
時は流れ、作戦行動中、爆散した瓦礫で頭部に重傷を負ったフェネック。首から下はすでに麻痺し、心肺機能もみるみる低下していく。
(死……
あの時、なぜ私は連れて行ってくれなかったと恨んだ死よ……
こんな時になってか……。
……いや、今なら後悔はない。
全てを奪われ、ただ消えたかったあの時に比べれば…… 今の私には)
今の自分には、駆け寄ってくる仲間がいる。その中から、彼女はアードを見た。
「はは、ヘマしたね……。ホラね、死はわざわざ追わなくたって、突然やって来るもんさ。迷ってる暇なんかないよ。
……まだ、死にたい?」
問われたアードは涙を流しながら、強く、首を横に振った。それを見たフェネックは満足そうに笑い、そのまま息を引き取った。
[ 閉じる ]
レパルド /男
スカービースト構成員。有能な警官だったが、職務で妻子を死なせてしまった心の傷から武器を持てなくなり、表社会から離れた。人命を救う行為が妻子への償いだと自分に言い聞かせ、防弾・防刃服などの防具を作製している。スカービースト戦闘員の衣服の殆どが彼の作った防護服である。leopardo[伊、西ほか]レオパルド;ヒョウ、ヒョウ柄
- エピソード「蘇る戦士たち」
ヒッポとアジトの覚醒を引き起こした大襲撃(グリズリー「大襲撃」を参照)の際、レパルドは他の非戦闘員らと共にアジト深部へ避難していたが、年若い女性の危機を眼前にし、長年のトラウマを克して銃を撃つ。
「逃げていた、私は逃げていたんだ…… 安全な場所で、誰も手にかけることなく…… 誰かを守っているつもりでいた……
違うんだ。この手で、この手で引き金を握らなければ、誰も守れはしない!」
しかしまだ気が動転しているレパルドは、敵の接近を許してしまう。その敵を撃ったのは、アジトに足を踏み入れた事すらなかったイリオモテだった。愛銃の数々をカートに載せ、町外れから歩いて、いつの間に鉄火場に紛れ込んだというのか、すっかり昔の勘を取り戻した戦士がそこにいた。
「……なに、わしゃ余分な墓を増やされたくないだけじゃ」
「逃げていた、私は逃げていたんだ…… 安全な場所で、誰も手にかけることなく…… 誰かを守っているつもりでいた……
違うんだ。この手で、この手で引き金を握らなければ、誰も守れはしない!」
しかしまだ気が動転しているレパルドは、敵の接近を許してしまう。その敵を撃ったのは、アジトに足を踏み入れた事すらなかったイリオモテだった。愛銃の数々をカートに載せ、町外れから歩いて、いつの間に鉄火場に紛れ込んだというのか、すっかり昔の勘を取り戻した戦士がそこにいた。
「……なに、わしゃ余分な墓を増やされたくないだけじゃ」
[ 閉じる ]
イリオモテ /男/82歳/156cm/weapon:拳銃(リボルバー)
スカービーストに籍を置くが街外れで隠遁生活しており、作戦行動に加わる事は滅多にない。リボルバーのコレクターにして名手。腰は曲がり動作は緩慢、ボケ疑惑もあるが、愛銃を握れば忽ち矍鑠として、ディンゴも敵わない腕前を見せる。昔は特殊部隊員であったらしい。辺鄙な所に住んでいるのは愛する妻の墓を守る為であり、墓地に立ち入る者には容赦しない。
イリオモテ;イリオモテヤマネコ
- 関連エピソード:レパルド「蘇る戦士たち」を参照
レオ /男
スカービースト創設者にして初代ボス(故人)。屈強な大男で性格は豪放磊落。しかしその見た目に反して、なぜか人に警戒心を解かせ、仲間に引き入れる人望の持ち主。Leo[羅]レオ;ライオン、獅子座
- エピソード「ひとりの太陽、ふたりの影」
- エピソード「日は落ちて」
- 関連エピソード:サイガ「レオとサイガ」を参照
(つくづく、不思議だ……
当時プレッジハウンドを去り、逃亡中の身だった俺にとって、近付く者は全て敵だった。なのにどうして、あいつには不用心に話なんぞしちまったのか)
--------
瓦礫の中、斬り倒したゴロツキの前に座り込み、息を荒くするキシュウ。全身に傷を負い、その顔には失意と疲労が色濃く刻まれていた。
(これじゃ…… 今のままじゃ笑って死ねねえよ、お師匠……
……まだ死に時じゃない、か)
「どうした、怪我をしたのか」
場違いな台詞に振り返ると、逆光の中に大男が立っていた。
(思えばその時、すぐに斬り掛からなかったのが、そもそもどうかしてた…… 余程参ってたのか、それとも、そこが奴の人徳ってやつなのか)
「血色が良くないな。満足に食べてないんじゃあないか」
「……誰だい。知らねえ奴が、親戚みたいに」
「はっは、失礼した。俺の名はレオ…… まあ、そんな事はいいじゃあないか。ひとまず休息が必要だろう」
大男は朗らかに笑うと無警戒に歩み寄り、分厚い掌をキシュウに差し出した。
「来たまえよ。こんな日陰で生き延びようとする奴は、みな仲間だ。手を取り合えば、開ける活路もある」
(なんだ……?
イカれてんのか、こいつ?
こんな界隈で、会ったばかりの人間に…… 仲間だって?)
「………」
しかしキシュウは、気がつくとその手を取っていた。
--------
(レオの周りには人が集まる。あいつは太陽だった。俺は厄介事を始末するだけの影、そしてヒッポもまた、地味な仕事をひたすらこなす影だった。
あいつはどこから来て、何をしていた人間なのか…… 一度聞いてみた事はあるが、「まあ、そんな事はいいじゃないか」と笑うだけだった)
当時プレッジハウンドを去り、逃亡中の身だった俺にとって、近付く者は全て敵だった。なのにどうして、あいつには不用心に話なんぞしちまったのか)
--------
瓦礫の中、斬り倒したゴロツキの前に座り込み、息を荒くするキシュウ。全身に傷を負い、その顔には失意と疲労が色濃く刻まれていた。
(これじゃ…… 今のままじゃ笑って死ねねえよ、お師匠……
……まだ死に時じゃない、か)
「どうした、怪我をしたのか」
場違いな台詞に振り返ると、逆光の中に大男が立っていた。
(思えばその時、すぐに斬り掛からなかったのが、そもそもどうかしてた…… 余程参ってたのか、それとも、そこが奴の人徳ってやつなのか)
「血色が良くないな。満足に食べてないんじゃあないか」
「……誰だい。知らねえ奴が、親戚みたいに」
「はっは、失礼した。俺の名はレオ…… まあ、そんな事はいいじゃあないか。ひとまず休息が必要だろう」
大男は朗らかに笑うと無警戒に歩み寄り、分厚い掌をキシュウに差し出した。
「来たまえよ。こんな日陰で生き延びようとする奴は、みな仲間だ。手を取り合えば、開ける活路もある」
(なんだ……?
イカれてんのか、こいつ?
こんな界隈で、会ったばかりの人間に…… 仲間だって?)
「………」
しかしキシュウは、気がつくとその手を取っていた。
--------
(レオの周りには人が集まる。あいつは太陽だった。俺は厄介事を始末するだけの影、そしてヒッポもまた、地味な仕事をひたすらこなす影だった。
あいつはどこから来て、何をしていた人間なのか…… 一度聞いてみた事はあるが、「まあ、そんな事はいいじゃないか」と笑うだけだった)
[ 閉じる ]
エピソード「レオとサイガ」の後、レオが命と引き換えに送り出したサイガがアジトへ辿り着く。その只事でない様子に、キシュウはレオの安否を察する。
「坊(ぼん)よ、あいつは……」
「黙れ!」
「!」
「その呼び方はやめろと、……言っているだろう……!」
サイガ少年は顔を背け、拳を握りしめる。その声はいつになく弱く震えていた。
(お前さん……)
「悪かったよ、サイガ」
頭を撫でようとしたキシュウの手を、サイガは乱暴にはたき落とした。
(…
そうか…… そうかぁ……。
やっぱり…… あいつはいつか不意に、蟻ンコみたいな奴を庇って死んじまうような、そんな気がしてたんだ……
散々大風呂敷広げて、でっかい穴を開けてくれちゃって。どうすんだよ、まったく)
「……あれっ」
その目から流れるものに気付いたキシュウは、サイガに気付かれぬよう慌てて拭った。
(よせやい、マスチフの時だって俺、泣けやしなかったのに)
「坊(ぼん)よ、あいつは……」
「黙れ!」
「!」
「その呼び方はやめろと、……言っているだろう……!」
サイガ少年は顔を背け、拳を握りしめる。その声はいつになく弱く震えていた。
(お前さん……)
「悪かったよ、サイガ」
頭を撫でようとしたキシュウの手を、サイガは乱暴にはたき落とした。
(…
そうか…… そうかぁ……。
やっぱり…… あいつはいつか不意に、蟻ンコみたいな奴を庇って死んじまうような、そんな気がしてたんだ……
散々大風呂敷広げて、でっかい穴を開けてくれちゃって。どうすんだよ、まったく)
「……あれっ」
その目から流れるものに気付いたキシュウは、サイガに気付かれぬよう慌てて拭った。
(よせやい、マスチフの時だって俺、泣けやしなかったのに)
[ 閉じる ]
プレッジハウンド所属 >>プレッジハウンドについて
「忠犬三人衆」アキタ・シバ・トサ…関連エピソードはキシュウを参照アキタ /男/27歳/180cm/weapon:グロック18、日本刀
律儀でリーダーシップに溢れ、頭も切れて弁も立つ文武両道の青年。キシュウの身を案じ慎重に行動する。アキタ;秋田犬
- エピソード「彼等だけが知るもの」
- 関連エピソード:キシュウを参照
街外れのスラムの、さらに外れ。解体途中で放棄されたのか、壁は崩れ鉄骨は剥き出し、路上生活者が雨露を凌ぐにも足りないといった有様の廃ビルが並ぶ。
その中に一つの人影があった。三日月の闇夜に溶ける紫のスーツと黒い靴。建物の2階部分と思われる折れ曲がった鉄骨に、だらしなく背を丸めて座っている。その長い腕がついと上がり、挨拶するように翻った。いつの間にか、彼の眼下に大小3つの影が集っていた。先頭の影が呼び掛けた。
「兄貴。参りました」
「ぃよ、元気してたかい。アキちゃん」
「……」
『ちゃん』は勘弁して頂きたい。そんな困り顔を見せつつも、真面目なアキタは反論はしない。
キシュウは猿のような身軽さで影達の前に降り立った。先頭の影がアキタ、小さい影がシバ、一際大きな影がトサ、「忠犬三人衆」と呼ばれるキシュウの腹心達である。
--------
近況を報告するうち昔の話が出ると、キシュウの不遇に納得できないアキタは思わず声を上げる。
「しかし、キシュウさん! あなたは……」
「アキタよ。それ以上は、言わねえ約束だろ」
普段は滅多に見せない凄みをきかせるキシュウに、アキタはびくりと言葉を呑む。端正な顔に冷や汗が滲む。
「……何をどう隠したって、嗅ぎつけられちまうコワーイ街だ。
お前らが知っててくれるだけで充分だからよ、そのまま胸にしまっといてくれよ」
その中に一つの人影があった。三日月の闇夜に溶ける紫のスーツと黒い靴。建物の2階部分と思われる折れ曲がった鉄骨に、だらしなく背を丸めて座っている。その長い腕がついと上がり、挨拶するように翻った。いつの間にか、彼の眼下に大小3つの影が集っていた。先頭の影が呼び掛けた。
「兄貴。参りました」
「ぃよ、元気してたかい。アキちゃん」
「……」
『ちゃん』は勘弁して頂きたい。そんな困り顔を見せつつも、真面目なアキタは反論はしない。
キシュウは猿のような身軽さで影達の前に降り立った。先頭の影がアキタ、小さい影がシバ、一際大きな影がトサ、「忠犬三人衆」と呼ばれるキシュウの腹心達である。
--------
近況を報告するうち昔の話が出ると、キシュウの不遇に納得できないアキタは思わず声を上げる。
「しかし、キシュウさん! あなたは……」
「アキタよ。それ以上は、言わねえ約束だろ」
普段は滅多に見せない凄みをきかせるキシュウに、アキタはびくりと言葉を呑む。端正な顔に冷や汗が滲む。
「……何をどう隠したって、嗅ぎつけられちまうコワーイ街だ。
お前らが知っててくれるだけで充分だからよ、そのまま胸にしまっといてくれよ」
[ 閉じる ]
シバ /男/21歳/160cm/weapon:コンバットナイフ、鎖鎌
身長は低めだが筋骨隆々の特攻戦闘員。忠義心に燃える元気な若者。シバ;柴犬
- 関連エピソード:キシュウを参照
トサ /男/38歳/201cm/weapon:ガトリングガン、戦斧
重量級のパワーファイター。無口で仏頂面だが義理人情には厚い。トサ;土佐犬
- 関連エピソード:キシュウを参照
マスチフ /男
キシュウの盟友であり、共にプレッジハウンドを創設した一人(故人)。大柄な体格で陽気な性格。若い頃、死別した妹によく似た少女が人身売買されようとする所を見つけ、彼女を助けて袋叩きに遭う。そこをキシュウに助けられたのが縁で、キシュウとは無二の親友となる。本名はマクスウェル。
「キシュウってのは犬の品種だったな。東洋じゃ犬は忠義の象徴なんだろう。俺達は犬の名を冠し、忠義に殉ずる集団になろうじゃないか。俺は、じゃあ、『マスチフ』な」
Mastiff[英]マスティフ、マスチフ;主に番犬・闘犬として使われている大型の犬種群、又は最もポピュラーなマスティフ種であるイングリッシュ・マスティフ(English Mastiff)。頭部が大きく、がっしりした筋肉質で骨太の体格、79~86kgの大型犬。
- 関連エピソード:キシュウを参照
智蹄連(ヂーティリェン)所属 >>智蹄連について
スタイン・ボック /男/32歳/185cm
「――それはちょっと、筋が通らないってものじゃありませんかね」物資、特に薬物の取引で定期的に訪れる別組織「智蹄連(ヂーティリェン)」の構成員。
ひょろりと痩せた体型、温和温厚な物腰でとても戦闘員には見えないが、実は両足の特殊義足に刃物を仕込んだ俊足の「剣士」。有事の際には隠れた戦力となる。
義足は平時には足型をしており、着衣の上からは義足とは判らない。ループタイに仕込んだスイッチか、両足の内側を打ち合わせる緊急スイッチの操作で、戦闘/高速移動形態に変形する。着衣のまま変形すると衣服や靴を破損するが、緊急時は止むを得ない場合もある。
ある時自分が持ち込んだ取引の最中、スカービーストの非戦闘員であるミンクを戦闘に巻き込んでしまい、危険な目に遭わせた責任を取るためスカービーストと共闘する。
Steinbock[独]シュタインボック;アイベックス、アルプスアイベックス。断崖絶壁やダムの壁にまで登るヤギの仲間。立派な角や体に薬効があるとして盛んに狩猟され一時絶滅の危機に瀕した
アンテロープ /女/29歳/166cm/skill:薬学・化学
智蹄連(ヂーティリェン)の薬学研究員。非常に優秀だが怒りっぽくせっかちで、一日の大半を半ギレと逆ギレで過ごすような具合。研究に没頭するあまり身なりには全く手間暇を割かず、折角の器量を台無しにしている。
本名はウルリカ・ストリャヴナといい、幼い頃に父を亡くした寂しさから勉学に打ち込むようになった。真実を包括的に追求しようとする情熱ゆえに、その研究内容は法規に触れる事も多くなり、やむなく智蹄連に身を寄せる。
クーガーと出会ったウルリカは知らない男に本名を呼ばれた事に驚き混乱するが、彼の仕草に懐かしい癖を見出し父の面影を重ねる。
(私、何を言ってるんだろう…… 父さんはとうの昔に殉職したんだし、生きてたら今頃70かそこらよ。この人、私より年下くらいじゃない…… でも、でも、あの癖と面影は……)
レイヨウ(羚羊)またはアンテロープ (Antelope);ウシ科の大部分の種を含むグループ。分類学的にはおおよそ、ウシ科からウシ族とヤギ亜科を除いた残りに相当し、ウシ科の約130種のうち約90種が含まれる。「カモシカのような足」というときの「カモシカ」は、本来はレイヨウのことである。しかし現在でいうカモシカはヤギ亜科に含まれ、レイヨウには含まれない
- 関連エピソード:クーガーを参照
ムース&エルク /男/共に230cm
「うちの者が世話をかけたね」二人一組で智蹄連(ヂーティリェン)のボスを務める一卵性双生児の大男。威圧感の割にごく穏やかな性格で、それだけに「怒らせたら何が起こるか分からない」と組織内外から恐れられている。
Moose[英]、Elk[英];ヘラジカ、オオジカ。英語ではユーラシア大陸のヘラジカをエルク(elk)、北アメリカのヘラジカをムース(moose)と呼ぶ。シカ科最大種で、唾液には植物の成長を促す成分が含まれている
レイヨウ /男/年齢不詳(老人)
智蹄連(ヂーティリェン)の副長。仙人のような風貌で、漢方薬から最新医薬まで幅広い知識を持ち、組織の薬学面を監修している。レイヨウ(羚羊)またはアンテロープ (Antelope);ウシ科の大部分の種を含むグループ。分類学的にはおおよそ、ウシ科からウシ族とヤギ亜科を除いた残りに相当し、ウシ科の約130種のうち約90種が含まれる。「カモシカのような足」というときの「カモシカ」は、本来はレイヨウのことである。しかし現在でいうカモシカはヤギ亜科に含まれ、レイヨウには含まれない
ヘレティックファング所属 >>ヘレティックファングについて
コヨーテ /女/171cm
ヘレティックファングでディンゴと共に行動していたが、組織壊滅時に死亡したとされている。ディンゴは彼女が撃たれた姿を見た直後に視力を失った。しかしその後、コヨーテらしき人物の目撃情報が複数あり、ディンゴはネクロマンサーの関与を疑っている。ディンゴ「コヨーテ、お前はあのコヨーテなのか?それともあの頃のお前とは違う、いや全くの別人なのか…?」
コヨーテ「…私が何者であるかは、他者が決めることだ。お前の中に結ばれる印象の問題だ。私自身はこの私しか知らない、自分は自分だと言う他は無い。お前の事は覚えているよ、ディンゴ。あの日の戦闘のことも…それで満足か?しかし違うのだろう。お前の記憶にある私の姿と、お前が今把握する私の姿、その二者が同一かということだろう。それを比べるのはお前であって、私ではない」
サイガと瓜二つの容姿をしている。
Coyote[英]コヨーテ;オオカミに近縁で、形態も似るが小型なイヌ科動物。ネイティブアメリカンの伝承におけるトリックスター
- エピソード「こたえ」
数度の接触と戦闘を経て、彼女があのコヨーテなのか、その人格と肉体を持った本人なのか、それとも傀儡や複製品なのか苦悩するディンゴ。そしてついにディンゴはコヨーテと決着する。倒れたコヨーテに動揺するディンゴはアードらに促され、一時立場を捨てて彼女に駆け寄る。
「コヨーテ……!」
「……。そう泣くな、ディンゴ」
「な、泣いてなどいない。オレにもう涙は無い…… お前ももう見えてはいないのだろう」
「いいや、見えるさ…… 泣いている。お前は泣いているよ」
「………」
弱々しく手を上げ、ディンゴの頬に触れるコヨーテ。
「……そうか…… お前が泣いてくれるなら、私は…… 生きて、いたのかな……」
「コヨーテ……!」
「……。そう泣くな、ディンゴ」
「な、泣いてなどいない。オレにもう涙は無い…… お前ももう見えてはいないのだろう」
「いいや、見えるさ…… 泣いている。お前は泣いているよ」
「………」
弱々しく手を上げ、ディンゴの頬に触れるコヨーテ。
「……そうか…… お前が泣いてくれるなら、私は…… 生きて、いたのかな……」
[ 閉じる ]
シェルムフェーダー所属 >>シェルムフェーダーについて
ロビン /女/15歳/155cm/weapon:ボウガン
シェルムフェーダー構成員。快活でボーイッシュ。レン、ツバメと共に行動する主力諜報部隊のリーダー格であり、スカービーストにも度々訪れ友好的に接している。護身用にボウガンを携行しているが戦闘能力は高くない。robin[英]ヨーロッパコマドリ、ロビン、コマツグミ
レン /男/14歳/153cm
シェルムフェーダー構成員。無表情で無口。主力諜報部隊のエンジニア要員として機器・道具類を操る。トラップ技能に長けているとの噂もあるが、実際に見た者はいない。wren[英]ミソサザイ(細長いくちばしをした小型の鳴鳥)/英国海軍婦人部隊員 (cf. WRNS;Women's Royal Naval Service 英国海軍婦人部隊)
ツバメ /女/16歳/161cm/weapon:日本刀(忍び刀)
シェルムフェーダーの数少ない戦闘員。使命感が強く真面目。主力諜報部隊の護衛係。その他の人物
サーバル /女/25歳/172cm/weapon:マチェーテ、ククリナイフ、アサルトライフル
流れ者のフリーエージェント。様々な組織と仕事の契約をする事はあるが、どこにも属さず誰の味方でもない。ディンゴとは昔からの知り合い。「なんで一人でいるのかって?簡単さ、味方を作れば裏切られるのが怖いからだよ。
あたしだって昔は、あんたたちみたいに仲間を信じていられた。だけど色々あってね…… 今は意気地なしさ」
「ありがと、ディンゴ。だけどやっぱり、期待するのが怖いよ…… あんたが悪いわけじゃない、あたしが弱いだけさ」
Serval[英]サーバル;アフリカ大陸に分布する中型のネコ科肉食獣。細長い体型で高いジャンプ力を有する
ザンナ /女/170cm前後/skill:琉球空手、居合、日本古武術
対人近接戦闘に特化したフリーランスの傭兵(故人)。武器を使わずとも超人的な戦闘能力を有し、いかなる勢力にも降らず独自の哲学で動いた為、制御不能な危険人物とされていた。晩年は郊外の隠れ家で日本古来の生活様式を営み、密かに一人の弟子を育てた。それがキシュウである。70歳近くになっても傭兵として現役であったが、依頼主の裏切りに遭い、キシュウを庇って命を落とす。
性格は冷酷無比で一切の情を持たないと言われたが、過去や胸中を誰にも語らず、真相は謎である。
「醜く生きるな、笑って死ね」
zanna[伊]ザンナ;牙
© 2007 よこ